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北尾政演(山東京伝)画 宿屋飯盛( 天明七年(1787年) 原データ 跡見学園女子大学図書館百人一首 コレクション 画像データベース 古今狂歌袋 |
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(表紙)
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*底本「古今狂歌袋」(跡見学園女子大学所蔵)の表紙は題字二文字以外は剥がれていて ほとんど判読出来ないが、東北大学所蔵狩野文庫の「古今狂歌袋」表紙を見ると 狂歌百人一首の引書二十七冊の目録が貼り付けられていることがわかる。 引書目録については頁末に掲載。 |
(1-2) にさまよひ、 いはひ、 珠をくり、くさぐさのうた 折からの ましの空にとび 百人一首の歌がるたをとらんとにハあらず。たゞ
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(1-1) あり。 ハひを勤む。百年の今ゆかたなる時に あひて となく、ざれ歌の 思ひハ に 百囀 名をなのり、百里を さかづきの |
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*四方山人(よもさんじん)大田南畝 (おお た-なんぽ)の号名。 江戸後期の狂歌師・ 戯作者。江戸の人。名は覃(たん)。別号は 蜀山人(しょくさんじん)・四方赤良(よもの あから)。有能な幕臣でもあり、広く交遊を もち、天明調狂歌の基礎を作った。編著 「万載狂歌集」、咄本「鯛の味噌津」、 随筆集「一話一言」など。(1749~1823) |
(2-1) 源氏の の 払の事にハあらじかし。漢に ハ三月 三日を をやめて、柳かつらのたをやかなる 上達部ハ羽觴を 舁もむせうに飛ばす。品川の汐干 の元気ハ草餅白酒の 顔さへ桃色の節句なるべし。 雛祭にハとりあハぬとり 大ミや人も肘をはるの日
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(2-1) を まる。 しろう くて、まづ明ましてよい春の日。 まゆのけハひもうちけふれる 柳のこしつきしなやかにかゞめ、 ほそき手をつく たてる松の 春なるべし。 まハり道して客やくるらん |
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*朱楽菅江(あけら‐かんこう)江戸後期の 狂歌師・戯作者。幕臣。本名、山崎景貫。 淮南堂・芬陀利華庵と号。著「大抵御覧」 「故混馬鹿集(ここんばかしゆう)」など。 (1738~1798) *手柄岡持てがらのおかもち)(朋誠堂喜三 二ほうせいどう‐きさんじ)江戸後期の戯 作者・狂歌師。本名、平沢常富。別号、手 柄岡持など。秋田佐竹藩士。作に黄表紙 「文武二道万石通」洒落本「当世風俗通」 狂歌集「我おもしろ」など。(1735~1813) |
(3-2) たなばたのたなの字ハ、 をもつ気の ハ なれど、すつきり 彦星牛を かせげども、今に も出来す。 ごとく。年に一度の出合とハ、うら やましからぬ 天のがハわたりかねたる身過かや たなばたつめに火をともし妻
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(3-1) もちゆる時ハ もちひざれば なりて、おさまれる世の のよそほひ、 水なき空に浪をたて、 なひきてハ雨なき軒の露うち ちりて、山ほとゝぎす なるに、 横たへて、 とりどりにおかし。 世界をミれば源氏雲なり |
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*唐衣橘洲(からごろも‐きっしゅう) 江戸後期の狂歌師。幕臣。小島氏。 号は酔竹庵。江戸の人。四方赤良(よも のあから)・朱楽菅江(あけらかんこう) と共に狂歌中興の祖。作風は温雅・軽快 で、天明調の先駆。 著「明和十五番狂歌合」「狂歌若葉集」な ど。(1743~1802) *万象亭( まんぞうてい ) 竹杖翁( たけ つえおう ) 竹杖為軽( たけつえのすが る ) 森羅万象一世( しんらばんしょう] 江戸後期の狂歌師・戯作者・幕府医官。 江戸の人。本名、森島中良、のち桂川甫 斎。通称、甫粲(ほさん)。狂号竹杖為軽。 平賀源内の門人で、二世風来山人と称し た。洒落本「田舎芝居」など著作多数。 (1754~1808) |
(4-2) 君か代は をさまる 手をも ひろけつゝ 民をなでさせ給ふめてたさ |
(4-1) 菊がさねの御祝儀いづ方も をなじ御事ならず。 にハ菊のきせわたのあつく もてあそび給ひ 小袖の 事をおそる。 が 外、 菅丞相 給ふなどいひつゞくれば、 八百、うそらしき事多し。 |
君が代は治まる手をも広げつゝ 民を撫でさせ給ふ目出度さ (歌意)君が代は畏き御代の道を広げつゝ 民を慈しみ給うめでたさ。 *巻頭を飾るに相応しい歌として選ばれたのは 「君が代」の歌、天下泰平の御代を格調高く たたえている。 *わが君は千代にやちよにさゞれ石の 巌となりて苔のむすまで 古今和歌集巻第七 読人しらず (君は広く用いる語で天皇をさすとは限らない。) ○「皇(すめろぎ)の畏き御代の道広く。国を恵 み民を撫でて。四方に治まる八洲の波 ・」 能「難波」世阿弥 *撫でる いつくしむ。 |
重陽の故事は 座頭に茱萸(ぐみ)の袋なるべし (歌意)菊の節句の故事は聾(つんぼ)も聞く (効く)の菊の酒 。座頭に茱萸の嚢である。菊の 酒を飲めば何でも片端からよく効くらしい。 *菊の被綿(きせわた) 菊の花に綿をおおいか ぶせたもの。重陽の節句(陰暦九月九日)の行事 で、前夜、菊の花に綿をおおって、その露や香 を移しとり、翌朝その綿で身体を拭うと長寿を 保つという。 *茱萸嚢(ぐみ‐ぶくろ)(しゅゆ‐のう)昔、 陰暦九月九日の重陽の節句に邪鬼を払うため柱 に懸けた、呉茱萸を入れた袋。 *孟嘉が頭巾 「龍山落帽」、中国の晋の時代、 龍山で開かれた重陽の酒宴に招かれた孟嘉が風 で帽子を飛ばされたにも関わらず、平然と酒を 飲み続けたという故事。 *陶淵明 帰去来の辞の一節 *菅丞相 右大臣菅原道真の称。 *薬玉(くすだま)五月五日の端午に、不浄を払 い邪気を避ける具として簾(すだれ)や柱に掛 け、また身に帯びたもの。 *彭祖(ほうそ) 古代、伝説上の仙人。帝尭 (ぎょう)の臣。殷代の末までおよそ八百年生 きたという。長寿の代表とされた。 *きく 聞くと菊をかける。 *座頭に茱萸 えり好みせずに片端からたべるこ とのたとえ。 座頭に茱萸嚢→この言葉から古今狂歌袋と題し たものか。 |
*四方赤良 序文(1丁ウラ)四方山人の こと。 *岡田酒粕 摂津伊丹の人。詳細不明。 |
(5) かつらにも かゝらて朽し 木のはしの おれさへ さひし 秋の夕暮 虎にのり かたハれ舟に のれるとも 人の口はに のるな世中 |
虎に乗り片割れ舟に乗れるとも 人の口はにのるな世の中 (歌意)たとえ虎に乗るとか、壊れた舟に 乗る様なことがあろうとも、世間を渡って 行く時は人の噂に上(のぼ)るようなこと はするなよ。 *荒木田は伊勢の祢宜なので装束は狩衣姿。 左手に笏、右手に鈴を持っている。 *片割れ舟 破損して用に立たない舟。 *口の端(は)に上(のぼ)る うわさになる。 話の種になる。 |
かつらにもかゝらで朽し木のはしの おれさへ寂しい秋の夕暮 (歌意)つる草も絡まないうちに木の橋が朽ち 折れてしまったことさえ一層寂しさがつのる 秋の夕暮。 (僧侶の私には「鬘」も縁がないが、鬘も被れ ないほど年老いて朽ちた木の端の様な俺すら、 秋の夕暮れはもの寂しいものだ) *肖像画の甚久は天狗団扇を手にしている。 木の葉をかける意か。 *葛・蔓(かづら)(つる草)と鬘(かづら) (かもじ。かつら)。 *木の橋と木の端。 己(おれ)と折れ。 *木の端 人の捨てて顧みないつまらぬ物、また 非情のもの。主として僧侶などの身をたとえて いう。 |
*甚久(じんきゅう、法師、楮袋) 自称:播磨の山中鹿之介の末葉。 江戸・豊前漂泊。筑前住。甚久法 師狂歌集 (1648ー1721) *荒木田守武 室町後期の連歌、 俳諧作者。伊勢神宮の内宮三禰 宜(ねぎ)荒木田(薗田)守秀の 子。世中百首(伊勢論語)・絵鈔 守武千句・誹諧独吟百韻 等を作 り、山崎宗鑑とともに俳諧独立 の機運をつくる。 (1473-1549) |
(6) 天が下 ありとあるもの なくもかな さてや ほしさの つくると思へは 借銭も やまひも ちくとあるものを 物もたぬ身と たれかいふらむ |
借銭も病(やまひ)もちくとあるものを 物持たぬ身と誰かいふらむ (歌意)借銭も病気もちょっとはあるものを、 物を持たない人と誰が云うのだろうか。 |
天(あめ)が下ありとあるものなくもがな さてやほしさのつくると思へば (歌意)世の中有りと有るもの、いらないと 云えばいらないものだなあ。さて、そうであ っても、物書きならば欲望(五欲)の中に身 を置いて欲しいまゝに作りたいものよ。 *ほしさ 欲しさ ほしきまま(擅・恣・縦) *五欲 〔仏〕五種の欲望。(イ)五官(眼・耳・ 鼻・舌・身)の五境(色・声・香・味・触)に 対する欲望。感覚的欲望。(ロ)財・色・飲食・ 名(名誉)・睡眠を求める欲望。 *思ふ(もふ)「おもふ」の略。「おもへば」 は字余りなので「もへば」か。 |
*宗長(そうちょう)室町時代後期 の連歌師。号は柴屋軒(さいおく けん)。駿河国島田出身。鍛冶職 五条義助の子として出生。代表作 句集「那智篭(なちごもり)」 日記「宗長手記」「宗長日記」 「東路の津登」「宇津山記」 「宗祇終焉記」等。(1448~ 1532) 「醒唾笑(せいすいしょう)」に ある宗長の「武士(もののふ)の やはせの船は早くともいそかは廻 れ瀬田の長橋」の歌は「急がば回 れ」の諺のもとになったといわれ ている。 *長頭丸 松永貞徳のこと。江戸初 期の俳人・歌人。名は勝熊、号は 長頭丸・逍遊軒など。京都の人。 細川幽斎に和歌を、里村紹巴(じよ うは)に連歌を学んだ。和歌や歌学 を地下(じげ)の人々に教え、狂歌 も近世初期第一の作者。「俳諧御 傘(ごさん)」を著して俳諧の式目 を定め貞門俳諧の祖となる。花の 下宗匠。編著「新増犬筑波集」 「紅梅千句」など。(1571~1653) |
(7) 俊成の 乗あけ られし 身ふるひに 馬の露そふ 井出の山吹 立てミし 柱暦も ねころんて よめるはかりに 年ハくれにき |
立て見し柱暦も寝転んで 読めるばかりに年は暮れにき (歌意)正月は立って見ていた柱暦も、とうとう 寝転んで読めるようになった。 年の暮れだなあ。 *柱暦(家の柱などに掛ける小さい暦。 (一月の暦は一番上、十二月は一番下にある) |
俊成の乗あげられし身震いに 馬の露そふ井出の山吹 (歌意)俊成卿の「駒をとめ井出の玉川の水 を飲ませた」という歌ではないが、堤に馬を 上げらた時に、馬の身震いでその滴が山吹の 花に露を添えることだ。 (遊里に乗り上げた付け馬の私の身震いに露 の滴(祝儀の銀粒)がこぼれて山吹の小判 も出(いで・井出)咲くことよ。) ○本歌 駒とめてなほ水かはむ山吹の 花の露そふ井手の玉川 (新古159)藤原俊成 *藤原俊成(ふじわらのとしなり)(しゅんぜい) 平安末期の歌人。 *井手の玉川 六玉川(むたまがわ)の一。 京都府綴喜(つづき)郡井手町を流れる川。(歌枕) *馬 遊興費の不払を取り立てるため客に同行する 者。つけうま。 *露 祝儀。 *山吹 小判。 *肖像画の白鯉館が手にするは「孫の手」。狂歌 の「馬」に「馬子」をかけたか。 |
*白鯉館卯雲 (はくりかんぼううん)木室朝濤 (ともなみ) 幕臣。「鹿の子餅」 「今日歌集」著。万載集に25首 あり。 通称;新七郎、七左衛門。 (1708ー1783) *朱楽 (2-1)注あり。 |
(8) もとの木網 入船ハ上を 下へと 帆はしらを 揚枝につかふ 江戸の川口 長月の 封じめを あくれはかよふ 神無月なり |
長月の夜も長文の封じ目を 開くればかよふ神無月なり (歌意)長月(九月)の夜に長文の封じ目を開 けたら読んでいるうちに、とうとう月が変わ って神無月(十月)になってしまった。 *尻焼猿人は姫路城主の連枝なので長柄の透かし の唐団扇〔とううちわ〕ごしの肖像画。 *長月(ながつき) 陰暦九月の異称。 *神無月 (かんなづき)陰暦十月の異称。 *長月・長文・(神)無月・なり 「な」音の くり返し。 *封 開 対句。 |
入船は上を下へと帆ばしらを |
*元木網(もとのもくあみ) 江戸 中期の狂歌師。画名高松。 江戸で湯屋を営む。落栗連を率 い唐衣橘洲,大田南畝と共に天明 期狂歌の中心となった。妻は智 恵内子。編著に「新古今狂歌集」 など。(1724~ 1811) *尻焼猿人 酒井抱一(ほういつ) 江戸後期の画家。抱一派の 祖。名は忠因(ただなお)。鶯村・ 雨華庵と号した。姫路城主酒井 忠以(たださね)の弟。西本願寺 で出家し権大僧都となったが、 江戸に隠棲。絵画・俳諧に秀で、 特に尾形光琳に私淑してその画 風に一層の洒脱さを加え一家の 風をなした。(1761~1828) |
(9) 一りんを ちゝの こかねにかへてミる 花ハうき世の 勘定の外 金ひらふ 夢ハゆめにて 夢のうちに はこすると ミし夢ハ まさゆめ |
金ひらふ夢は夢にて夢(む)の内に 箱すると見し夢は正夢 (歌意)金を拾う夢はただの夢、夢の中で箱 する夢は正夢。 *画の雄長老の法衣は直綴(じきとつ)、如意棒 を手にしている。 *はこ(箱)おまる。おかわ。大便。箱する。 |
一輪を千々の黄金にかえてみる 花は浮世の勘定の外 (歌意)(一輪の花にたとえられる)遊女を多額 の金子で身請けした。吉原で「花代」として 使う金子はこの浮世の勘定の外にあるものと 思う。 |
*鹿都部真顔(しかつめまがお) 江戸後期の狂歌師・黄表紙作者。 江戸の人。本名、北川嘉兵衛。 戯作名、恋川好町。鹿津部」とも 書く。狂歌を俳諧歌と改称して和 歌の優雅さをもたせようとした。 大田南畝引退後の狂歌界の中心 人物。 *雄長老 英甫永雄(えいほ-えい ゆう)織豊時代の僧。建仁寺住 持。連句や和歌にすぐれ、特に狂 歌の祖とされる。通称は雄長老。 別号に武牢,小渓。狂歌集に 「雄長老百首」,詩文集に「倒痾 (とうあ)集」など。 (1547~1602) |
(10) 月と日は 手前をも すりきりたりし 年のくれかな 風鈴の音ハ りんきの つけ口か わか軒の妻に 秋のかよふを |
風鈴の音(おと)はりん気のつげ口か わか軒の妻に秋のかよふを (歌意)朝帰りして家が近くなってくると、風 鈴の音が「リンリン」と聞こえてくる。 「リン」の音は妻の「悋気(りんき)」を教え てくれているのか。 風鈴の季節なのに、家に入れば妻には冷たい 「秋風」が吹いているよと告げているのかも。 またその秋風に吹かれて妻の元を訪れる男がい るよと囁いているのかも。 *風鈴の「りん」と悋気の「りん」を掛ける。 *軒の妻 妻と軒の端(つま)をかける。 *秋と飽き *この歌の詞書き「風鈴告秋」 後万載 三・秋 |
月と日は珠数繰るがごと手前をも すり切りたりし年の暮れかな (歌意)月日は珠数を繰るようなものだなあ。 数珠が一回りして元に戻ってくるように、去年 の暮れと同じく今年も、私の生計はすっかり使 い果たしてしまった。年の暮れだなあ。 *月日が来る。数珠を繰る。 *手前 資力。くらしむき。生計。 |
*花実庵 「花実庵甘露百首」著。 ページの最上段へ戻る |
(11) 鴫ハみえねと 西行の歌ゆえに 目にたつ沢の 秋の夕くれ おそろしの 銀世界 つふしにせんも はかりかたさに |
古家(ふるいえ)はあな恐ろしの銀世界 つふしにせんもはかりかたさに (歌意)銀潰(ごまのはい)どもが売りつける物の 値段は分らないものだ。古家に降り積もった雪 が全部銀であったら、この銀を潰したら一体ど れくらいになるのだろう。 *古 降る 経 *銀世界 雪・銀・つぶし・銀潰・はかり 縁語 *一面の雪景色を銀世界に見立て、銀を銀貨に 連想する。 *銀潰 近世、道中を徘徊し、旅費が尽きたか らといって、脇差の銀鍍金の金具などのいか がわしいものを銀無垢と称して、潰値に買え と人に強いた悪徒。ごまのはい。 |
鴫は見えねど西行の歌ゆえに 目にたつ沢の秋の夕暮れ (歌意)鴫の姿は見えないが、西行の歌ゆえ に目につく秋の夕暮れだ。 ○本歌 心なき身にもあはれはしられけり 鴫たつ沢の秋の夕暮 (西行 山家集 470) *「ゆえ」(故)底本は「ゆへ」にみえる。 *鴫立沢 神奈川県大磯町の西端にある地。 西行の鴫立つ沢の秋の夕暮の歌で有名。 |
* とうもう)の筆名。江戸中期の儒 学者・狂歌師・戯作者。名は懐 之。通称、稲毛屋金右衛門。 筆名平秩東作(へずつとうさく)。 江戸の人。著「闔・・ェ談 ( しんやめいだん )」 「当世阿多福仮面」など。 (1726~1789) * 期-後期の狂歌師。上野(こうずけ) (群馬県)館林藩士。江戸日本橋に すむ。四方(よも)側の社中。 (?-1804) |
(12) まてしばし 文かくまどの あかりさき たつてくれるな 恋すてふ名の 世中に たえて 師走の なかりせは 春の心ハ のとけからまし |
世中に絶えて師走のなかりせば 春の心は長閑けからまし (歌意)世の中に全く師走というものがなかった ならば春の心はどれほど長閑なことか。 (掛取りに追われてひどく落ち着かない。) ○本歌 世中にたえてさくらのなかりせは 春の心はのとけからまし 古今集巻一 春上53 在原業平 業平の歌の「桜」を「師走」に置き換え 世俗な世界に歌を転換する。 |
待てしばし文かく窓の明かりさき 立つてくれるな恋すてふ名の (歌意)ちょっと待て。窓の明かり先には立た ないで。いま恋文を書いているので。それに 私が恋しているという噂も立たないで。 ○本歌 恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか 壬生忠見「拾遺集」恋一621 *肖像画の楽器は古琴七絃(弦)琴か。 江戸時代文人達に愛好されたという。 |
*宿屋飯盛(やどやのめしもり) 石川雅望(まさもち)の狂歌師名。 江戸後期の国学者・狂歌師。江戸 馬喰町の宿屋の主人。狂名は宿屋 飯盛。和漢の書に精通、狂歌師中 の学者。著は狂歌・狂文に関する もののほか、「雅言集覧」「源註 余滴」「しみのすみか物語」な ど。(1753~1830) *馬場金埒 江戸後期の狂歌師。 通称、大坂屋甚兵衛。初め、物事 明輔(ものごとのあけすけ)と号 し、のち銭屋(ぜにや)金埒とも。 江戸数寄屋橋の両替屋。天明狂歌 四天王の一。著に「仙台百首」 「金埒狂歌集」など。(1751~1807) |
(13) 立よりて ミぬこそまさめ かゝみ山 年へぬる身の 愛相つかしに 笹葉鈴成 よし原の はりをもたせて 入相の かねにまかせぬ 花と見ましな |
吉原のはりをもたせて入相の かねにまかせぬ花と見ましな (歌意)吉原の遊女に見栄とはったりの持た せ物(土産)をして入相の鐘が鳴るたびに 金をつぎ込んだが、金には身をまかせぬ花 と見た。 *入相の鐘 鐘日暮に寺でつく鐘。晩鐘。 *鐘と金。 はりとはな。
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立寄りて見ぬこそまさめ鏡山 年へぬる身の愛相つかしに (歌意)鏡山は立ち寄って見ない方がいいの だ。鏡も見れば年を重ねたことが一目瞭然だ から恋しい女に愛想尽かしされる。 *鏡山 滋賀県蒲生・野洲・甲賀の三郡に跨る 山。 (歌枕)。 ○本歌 鏡山いさ立ちよりて見てゆかむ 年へぬる身はおいやしぬると 読人知らず(一説に大友黒主・大伴黒主) 古今集899 |
*稀年成 不詳。 画は焙烙頭巾を被る稀年成。 *笹葉鈴成 詳細不明 |
(14) 池島成之 紅葉する ひえのお山は 王城の まもり袋の 錦なりけり 霞千重女 恋に身を こかす 花火と 君ミなは 淡ときえんも 物かハの中 |
恋に身を焦がす花火と君見なば 淡と消えんも物かはの中 (歌意)恋に身を焦がす私。まるで花火のよう だと君が見るなら、花火の様に一瞬でひらき、 たちまち消えてしまう、そんな仲だろうか。 いえ決してそうではない。 ○*詞書] 寄獣恋 恋に身を行きても捨てんここになど 虎住む野へのなき世なるらん 正徹 草根集 |
紅葉するひえのお山は王城の 守り袋の錦なりけり (歌意)京都の秋。紅葉した比叡山は王 城の鬼門を守る。錦の守り袋ように華や かだ。 *ひえのお山 比叡山 *王城 宮城。都。 ○みわたせは柳桜をこきませて 宮こぞ春の錦なりける 素性法師 古今集巻第一 |
*池島成之江戸初期の俳人。和泉堺 生。名は成之、通称は庄右衛門、 号は宗今(宗吟とも)。俳諧を成安 に学び、その筆頭の弟子となる。 元禄8年(1695)以前歿、生没年未 詳。 *霞千重女 不明。 |
(15) 絵にかける 女てからか いたつらに うこくといふハ あゝおはつかし 細井友和 鳥かなけは そなたにも なく我もなく 惣泣にする きぬぎぬの袖 |
鳥が鳴けばそなたにもなく我(あれ)も泣く 惣泣きにするきぬぎぬの袖 (歌意)鳥が鳴けばそなたも泣くし我も泣く。 妹背を総泣きにさせる後朝(きぬぎぬ)の別れ *鳥 明け烏 *「鳥が泣けば」と「途がなけば」 (「よい手立てがない)を掛ける。 *鳥 とりとよむと字余りなので「と」と読むか。 *きぬぎぬ 衣を重ねて共寝した男女が、翌朝、 めいめいの着物を着て別れること。暁の別れ。 *鳥と惣 韻を揃える。 *「泣」くを4回くりかえし「惣泣き」にかける。 |
絵にかける女でからか いたづらに 動くといふはあゝお恥づかし (歌意)男なら誰でも絵に描かれた美しい女の 姿を見たら、いたずらに心が動かされるもの だが、なにを隠そう。この私は女の筆跡を見 ただけで心が動かされている。ああなんとも お恥ずかしい! *絵にかける女 出典:古今集仮名序紀貫之 「僧正遍昭は、歌のさまは得たれども、まこ と少なし。例へば、絵にかける女を見て、い たづらに心を動かすがごとし。」(僧正遍昭 は、歌の形式は整っているが、現実味が少な い。例えば、絵に描いた女を見て、無駄に心 を動かすようなものだ) *女でからに 女手 女の筆跡。仮名書き。 ○女の足駄にて造れる笛には秋の鹿寄る (絵本徒然草9段) (女の色香に男は迷いやすいことのたとえ) を踏まえるか。 |
名は俊明、通称左次右衛門、号は 梅橋散人・大蔵千文。江戸生。 林羅山に経籍を、賀茂真淵の門 で古学と歌道を学ぶ。著書に 『類聚名物考』『文の栞』等 がある。(~1780) *細井友和 詳細不明 ページの最上段へ戻る |
(16) あらまきの つよきを 君にひきむけて いさいく千代も かハらけの駒 いひよらん しほもなければ けふもまた 恋のミなとに 帆をさげてゐる |
言ひ寄らん汐もなければけふもまた 恋の港に帆をさげてゐる (歌意)お前に言い寄る汐時もないので、今日も また恋の港に帆を下げて居るのだ。 *画の朝起は両手に角凧をもっている。 恋の帆を張ることを暗示させるものか。 ○詞書] 寄湊恋 いつとなく袖になかるる涙川 つもるや恋のみなとなるらん 藤原公相 宝治百首 |
あらまきのつよきを君に引き向けて いざいく千代もからわけの駒 (歌意)立派な土産で君を惹き付けて、気味 (気持)込めてさあ幾千代も盃を重ねて恋の駒 を進めよう。 *あらまき(荒巻・苞苴・新巻)土産の意も。 *君 気味(気持)をかける。 *いざ行く。 いざ幾(千代)。 *からわけ(土器) 素焼の盃。転じて、酒宴。 |
*鱠盛方 奈万須盛方(名満壽) (なますのもりかた)遠藤弥市。 江戸馬喰町旅宿山城屋主人、 狂歌;四方連・伯楽連。 「老莱子ろうらいし」雅望と共編。 南畝母還暦狂歌集著。(?ー1791) *朝起成丈(あさおきのなるたけ) 狂歌「才蔵集」入。 |
(17) をやまんと すれとも 雨の足しげく 又もふみこむ 恋のぬかるみ 用たゝぬ 旗さほ竹ハ をさまれる 代々に つたへて ねかしものなり |
用たゝぬ旗さほ竹はをさまれる 代々に伝へて寝かし物なり (歌意)この旗竿竹はご先祖様が背中に差して 戦場を駆け回られたものだがいまでは寝かし物。 治まれる今の世は有難いことよ。 *「諫鼓苔むす」の故事を踏まえる。 (諫鼓を用いぬことの久しい意) 君主が善政を 施すのをいう。 諫鼓(かん‐こ)昔、中国で君主をいさめたり 君主に訴えたりするために、朝廷の門外に置いて 人民に打たせて合図とした太鼓。 *納まれる。治まれる。 *寝かし物 活用しないで手もとにおくもの。 |
をやまんとすれども雨の足繁く 又も踏み込む恋のぬかるみ (歌意)雨が止んだかなと思うとまた雨足が 激しくなり、足元はぬかるんでいる。恋の路 は暫くお休みにしようと思うのだが、またも 恋路のぬかるみに踏み込み泥まみれになった。 ○きぬぎぬをかさねがさねし身なりしも 今ぬきすつる里のあかつき 絵本詞の花(13)に膝上の狂歌 *おやむ(小止む) しばし休む。 *雨の足 踏み込む ぬかるみ *恋路 小泥(こひぢ) こひじ(泥)(濃泥こひじの意) どろ。歌で、 「恋路」にかけていう。小泥。(こひぢ) |
*膝上胡糊 (ひざのうえこしょう) 日本古典文学大系によればこの 歌は蜀山人(太田南畝)「遊戯三 昧」自筆三保の松にあり。 「妾お賤が死んで六年後に作っ た歌とあり」としている。膝上 は南畝・赤良の別号と思われ る。 *鳴滝音人 池沢権右衛門。江戸 時代中期の狂歌師・戯作者。江 戸京橋の商家の主人。元木網社 中の判者。著に「人まね道成 寺」「狂文棒哥撰」等。別号に 古今亭。(1718-1796) |
(18) 石亭士稜 あれし野に 旅寝を したる 宿賃は 露こそはらへ あかつきの袖 笛ならて 吹ならひたる 嵐さへ つゐにこのはの いたみとそなる |
笛ならで吹き慣らひたる嵐さへ 遂に木の葉の傷みとぞなる (歌意)笛でもないのに、ヒューヒューと音を 吹き鳴らす嵐までついに木葉の傷みとなる。 私の髪の毛も木の葉ように吹かれ、ついには 傷つき抜け落ちることだろう。 *木の葉落し こがらし。陰暦九月の風。 *木の葉髪 冬近い頃の脱け毛を落葉にたとえて いう語。 *ことのは‐かぜ(言の葉風)和歌の姿。 狂歌に対する風当たりの意はあるか。 |
あれし野に旅寝をしたる宿賃は 露こそ払へあかつきの袖 (歌意)荒野で旅寝をしたら、袖に降りた朝露 を払う時に宿賃は露で払いなさい。 (荒れし野(遊里)で寝たら宿賃に露(祝儀) をつけて払いなさいな。遊女とのあかつきの 別れの袖には。) *露 露。遊里詞で祝儀、心付け。 ○わが袖は草の庵にあらねども 暮るれば露の宿りなりけり 伊勢物語・新勅撰集 巻17 在原業平 *あれし野 荒れし野。遊郭は苦界とも悪所とも 云われることから廓・色里・遊里のことか。 *肖像画の石亭は小鼓を手にしている。 狂歌の太鼓持を暗示させるか。 |
*石亭士稜 詳細不明 *紀定丸 江戸時代後期の狂歌師。 幕臣。大田南畝甥。四方側に属し て天明狂歌壇で活躍し,赤良の狂 詩集「通詩選」を校訂。黄表紙 「新田通戦記」などもある。 文化2年支配勘定,のち勘定組頭 になった。姓は吉見。名は義方。 通称は儀助。別号に野原雲輔、本 田原勝栗など。(1760-1841) |
(19) ほうろくと 同し火宅の 人こころ 気をゐるもあり ほうするもあり 親の手に あまりしハ きのふ けふハまた わか手に あまる 年こしの豆 |
親の手に余りしは昨日今日は又 わが手にあまる年越しの豆 (歌意)年の数だけ豆を食べる節分も昨日は 親の手に余ると見えたが今日は我が手に余 る節分の豆。私も年老いたなあ。 |
焙烙(ほうろくと同じ火宅の人こころ きを煎るもあり焙ずるもあり (歌意)煩悩に身を焦がし不安のたえない火宅 の人はいつも心をチリチリと焙烙で炒られた り焙られたりすることもあるだろう。 *焙烙 素焼きの平たい土鍋。火にかけて食品を 炒ったり蒸焼きにしたりするのに用いる。 *器と気。焙烙と火宅の人心。 |
*紫笛 如雲舎紫笛 (じょうん しゃ-してき)江戸時代中期の狂 歌師。黄檗(おうばく)宗の僧。 栗柯亭木端(りっかてい-ぼくたん) に学び,のち木端の門をはなれて 一派をたてた。大坂出身。山田 直方。通称は四郎右衛門。法名は 拙堂如雲。別号に山果亭・楠山 人。編著に「狂歌水の鏡」「狂 歌真の道」等。(1718-1779) *放過(ほうか)・即吟舎、高松。 「狂歌こと葉の道」「無心抄」 「即吟舎」著。(?ー? ) |
(20) いきて居て 心の駒を せむるかな のりうりばゞと はなうりばゞと ふみまたく 年のうちまた 膏薬の とちらへもつく 春ハ来にけり |
踏みまたぐ年の内股膏薬の |
生きて居て心の駒を責むるかな 糊売り婆と花売り婆と (歌意)生きていると心の駒を抑えるのが むずかしい。つねに心の馬を調教するよう に心掛けねばならぬ。 手綱を許すと煩悩が走りだす。糊売り婆 と花売り婆の様にわずかな損失にも取り 乱してしまうものだ。 *歌舞伎役者市川団十郎の舞台衣裳は「壽」 の文字入り。「江戸芝居年代記」によれば 市川団十郎が中村座の春狂言坂東一寿曽我 を出てそれが大当りしたとあり、その時の 衣裳は「寿の字模様」を着たという。 江戸歌舞伎と広告 *心の駒に手綱許すな 動きやすい心を抑え て過ちに走ってはいけない。心の馬。 *糊売り婆のころんだよう。糊売り婆の糊 をこぼしたよう。わずかな損失に大騒ぎ するのたとえ。 *心を責める 駒を責める *婆と馬場 |
*市川柏筵 市川団十郎。市川 (二代) 市川団十郎 初代の子。 市川宗家の基礎を確立。俳名 栢莚(はくえん)。 (1688~1758) *浜辺黒人 江戸時代中期の狂歌 師。江戸本芝の本屋の主人で 芝浜連の頭目として活躍。 狂歌を募集して刷物に載せ入 花(いればな)料(点料)をとるこ とを始めた。本名は斯波孟雅 (しば-たけまさ)。 通称は三河屋半兵衛。号は桃翁。 編著に「狂歌栗(くり)の下風」 「初笑不琢玉(みがかぬたま)」。 (1717-1790) ページの最上段へ戻る |
(21) しやうはりの 鏡か池の あつ氷 うつしてミたき 傾城のうそ 借銭を せなかに せたら老か身ハ 年くれすとも 物くれよかし |
借銭(しゃくせん)を背中にせたら老が身は 年暮れずとも物呉れよかし (歌意)年老いて借金を背負いて生きる身には、 年は呉れなくても(年は暮れなくても)いい けど、何か物をくれよ。 *銭 背 頭音が同じ。 *暮れ 呉れ |
浄玻璃(じょうはり)の鏡が池の厚氷 うつしてみたき傾城のうそ (歌意)閻魔大王の前の浄玻璃の池の鏡のよ うな厚氷。映してみたいものよ。傾城の うそ。 *浄玻璃の鏡 地獄の閻魔王庁で亡者の生前に おける善悪の所業を映し出すという鏡。 *鏡が池 浅茅原鏡池。江戸時代当時は橋場町 総泉寺近辺にあった。 |
*浅草市人 伊勢屋久右衛門。江戸 後期の狂歌師。江戸浅草の質商。 天明四年ごろ狂歌の道にはいる。 頭光(つむりの-ひかる)の伯楽 連に属し頭光の没後、壺側(つぼ がわ)をたてて主宰した。 江戸出身。別号に壺々陳人・浅 草庵(初代)。 編著に「男踏歌」「東遊(あず まあそび)」(葛飾)北斎画)。 *半井卜養 江戸初期の俳人・狂歌 師。堺の人。幕府の御番医師。 松永貞徳の門。和歌・連歌・狂歌 に名高く「卜養狂歌集」がある。 (1607~1678) |
(22) ほとゝきす ちとハ やすめよと いへとかふりを ふり出てなく 浅倉森角 春の雪 こかしハ 鞠に似たるかな ありといふ間も なくてけぬれば |
春の雪転(こが)しは鞠に似たるかな 在りと云ふ間もなくてけぬれば (歌意)春の雪転がしは鞠に似ているな。 蹴鞠の「あり、あり」と掛け声を掛けて鞠を蹴 ろうとしたら直ぐに消えてしまう様に、雪転し もあっという間に消えてしまった。 *画の装束は鞠水干(まりすいかん)。箱の上に 蹴鞠。 *ゆきこがし(雪転)「ゆきころがし」に同じ。 *あり 蹴鞠のかけ声「ありあり」「ありやあり や」をかける。 *「けぬる」は「消ぬる」と「蹴ぬる」 |
ほとゝぎすちとは翅(つばさ)を休めよと いへど頭(かぶり)を振り出て鳴く (歌意)「ほととぎすよ。一寸つばさを休め てよ」と云えば「いえ」と頭を振ってまた鳴 いている。せわしなく囀るほととぎす。 *画は頭に烏帽子の替わりに扇子を折って 被っている。 ○夏山に恋しき人や入りにけむ 声ふりたてて鳴く郭公 紀秋岑(きのあきみね) 古今和歌集 *頭を振る 不承諾あるいは否定の意を示す。 |
*夕霧籬(ゆうぎりのまがき)平野 弥市郎)江戸土手四番町狂歌、1785 後万載集3首/87才蔵集入。 *浅倉森角 浅倉森門 |
(23) かけるより ふり出す 雨の足はやき にハか飛脚の 夕立の空 盃のつもる 思ひをいひよれと とにかく あいの返事 たにせす |
盃のつもる思をいひ寄れど とにかく諾(あい)の返事だにせず (歌意)盃を酌み交わしながら、積もる思い を言い寄っても、とにかく「諾」の返事すら しない。思いのままにならない恋の盃。 *盃(さかずき・はい)と諾(だく・あい)。 「はい」と「あい」と暗に効かすか。 |
駈けるより降り出す雨の足はやき にわか飛脚の夕立の空 (歌意)駈けるより早く降り出す俄雨。雨足の 速さに俄飛脚も走りだす夕立の空。 *雨脚・雨足と飛脚の脚を効かせる。 俄(雨)と。夕立。 *画の此道は布団に座り、頭に烏帽子替わりの 箱枕を載せている。 |
*此道くらき 此道蔵伎(このみち のくらき) 吉田助右衛門)江戸八 丁堀亀島狂歌、洒落本評判記「花 折紙」共著;「八重垣縁結後序」、 節松嫁々かかを助け師追善「梢 の雪」刊行 *倉部行燈 本名;小島屋源左衛 門。淮南堂(わいなんどう2世) 江戸神田の酒問屋。 |
(24) 行く年を をしむとまうす うハさをは くる初春え 御沙汰御無用 春くれし きのふの 酒のさめ かしら けふハうつきに なりにけるかな |
春暮れし昨日の酒の覚めかしら 今日はうつきになりにけるかな (歌意)弥生晦日に酒を飲んだが、寝覚めると もう卯月になっている。春は終ったんだ。 (酔いが覚めると頭が重い。酒が過ぎたのかな あ。) *うつき 卯月と鬱気。 |
行く年を惜しむと申す噂をば 来る初春え御沙汰御無用 (歌意)大晦日。行く年を惜しむと云う世間の 噂をば来る初春へご気遣い御無用。 *火鉢の金火箸に手を置く右袖に卍と象の略画 が見える。万象亭を暗示しているようだ。 |
*万象亭 桂川甫粲 (かつらがわ- ほさん )江戸時代中期-後期の蘭 学者,戯作)者。蘭学にしたしみ、 「蛮語箋」などをあらわす。戯作 は平賀源内にまなび,洒落本「真 女意題(しんめいだい)」や黄表 紙「従夫以来記(それからいらい き)」などをかいた。江戸出身。 本名は森島中良。字は虞臣(やす おみ)。号は桂林,万象亭など。 戯号は森羅万象・竹杖為軽 ( たけつえのすがる )など。 (1754-1809) *暁月坊(ぎょうげつ げうげつぼ う) 鎌倉末期の狂歌師。俗名、 冷泉為守(れいぜいためもり)。 藤原為家の子。母は阿仏尼。 和歌をよくしたが、出家後は狂歌 を好み、「狂歌酒百首」などの先 駆的狂歌集を残した。 (1265-1328) |
(25) 赤松日出成 ちきりをく 日たに かれこれ とりまきれ とかく袴の まちかひそうき 十三夜 月も うちはに 八分め 雨もこぼさす 雲もかゝらす |
十三夜月も内端に八分目 雨もこぼさず雲もかゝらず (歌意)十三夜。月も控え目の八分目。月に雲も かからず雨もこぼれず。見事なものだ。 私の盃も酒をこぼさぬよう、控え目の八分目 で。 *画の小簾は直垂、烏帽子姿で御簾を編んで いる。 |
契りおく日だにかれこれ取り紛れ とかく袴の間違ひぞ憂き (歌意)今日こそ愛しの女と契りを結ぼう と思っていたのに。大事なその日、何やか やと取り紛れ、袴を間違えてしまった。 (行灯袴を穿くべきだったのに襠(まち)の ある袴を穿いて来てしまった。信じられな い間違いだ。) *袴 行灯袴と馬乗袴。馬乗袴は袴のなかに 中仕切り(襠)がある袴、ないものを行灯 袴。行灯袴は江戸後期頃に発案されて町人 のあいだでも穿かれることが多くなった。 *赤松の袴は足首が細くなっていて襠のある 袴を穿いている。裾細袴。軽衫(かるさん) 袴。カルサン。 |
*赤松日出成 赤松せきしょう亭、 増田屋熊次郎江中後期江戸神田の 絵師、狂歌:菅江社中、1787「才蔵集」 2首入。 *小簾菅伎(こすのすがき、清涼亭、 通称;五郎平衛江戸京橋の御簾 師。「才蔵集」3首; |
(26) 玄毫本也 一目見て ふるひつきぬる 俤かはや 煩悩の おこりとそなる 手習筆女 うき草の ねもはも 今ハたえにけり 池の氷の 罪ふかくして |
浮き草の根も葉も今は絶えにけり 池の氷の罪深くして (歌意)浮き草のような私。根も葉もない噂は とうに絶えてしまった。池の氷は浄玻璃池の氷 のようだ。私の数え切れない罪を映し出す。 *浮き-憂き 根-音 葉-言の葉 |
一目見て震い付きぬる俤か はや煩悩の 起(おこり)とぞなる (歌意)一目見て震いつきたい顔立ちだ。 早くもわが煩悩が目覚めて身体が震える。 *煩悩と恋。 起(おこ)こり・熾(おこ)り・瘧(お こり) *瘧(おこり)(わらわ‐やみ)間欠熱の一。 隔日または毎日一定時間に発熱する病で、 多くはマラリアを指す。源氏物語若紫 「瘧病にわづらひたまひて」 |
*玄毫本也 (詳細不明)画は扇子 の烏帽子、酒瓢箪を背に煙管を手 にしている。 *手習筆女 (詳細不明) |
(27) くるくると 花咲つるに まきの戸も ひらかて 事を かきの朝顔 八重ひとえ かさなる 垣の夏菊ハ あつさにまけぬ 物きほしかな |
八重一重かさなる垣の夏菊は 暑さにまけぬ物着星かな (歌意)八重一重に花咲く垣の夏菊は暑さに まけない物着星かな。八重に一重に重ね着 て九重の九月九日は重陽の菊の節句 *一重。 偏に。 *物着星 爪にできた白い点。 女は衣服を得る前兆として喜ぶ。 ○九重に八重咲く菊はをとめこか 袖ふるけふも千世はへぬへし 六百番歌合 信覚 |
くるくると花咲きつるにまきの戸も 開(ひら)かで事をかき朝顔 (歌意)咲いている朝顔の蔓が庭の戸にくる くると巻き付いてしまった。槇の戸が開か なくなって、不便なことよ。 (あなたが「来る、来る」と言ってくれた ので心待ちしていましたのに、「朝顔の つるが巻き付いて槙の戸も開かないので 帰ってしまった」と仰るなんて、あまり にも冷たい。) *くるくる 朝顔のつるが「くるくる」と巻 き付くことと、「来る来る」を掛ける。 *咲きつると朝顔の「蔓(つる)」 *(朝顔のツルの)巻きの戸。 槙の戸。 *(事を)欠き。垣。 ○本歌 朝顔につるべ取られてもらい水 俳人加賀千代女 *蜻蛉日記から次の二首を踏まえたものか。 ○歎きつつ独りぬる夜のあくるまは いかに久しきものとかは知る (道綱母が兼家へ) ○げにやげに冬の夜ならぬまきの戸も おそくあくるはわびしかりけり (兼家から道綱の母へ) |
*條門橘丸 条門橘丸 譬喩節上巻一首・絵本詞の花 一首掲載。(絵双紙屋) 秋元但馬公藩士・江戸浜松町住・ 狂歌:才蔵集2首入 *今田部屋住(いまだへやずみ、田村 屋半次郎)狂歌,本所住。蔦唐丸催 「百鬼夜狂」参、「俳優風わざおぎぶ り」「才蔵集」入。 |
(28) よし原ハ 世界の 四ツに ひと時の 寿命をのはす 引け四ツの鐘 月雪とミるハ 栄耀に 餅の皮 むかふの岸に さいた卯花 |
月雪と見るは栄耀(えよう)に餅の皮 向こふの岸に咲いた卯の花 (歌意)川向うの岸に咲く白い卯花を月や雪 と見るのは、贅沢に慣れて餅の皮をむいて餡 だけ食べるようなものだ。言葉で飾ってみて も所詮豆腐を作るときのしぼりかす。 *栄耀(えよう)に餅の皮をむく ぜいたくに 慣れると、餡餅(あんもち)の皮をむいて、 餡だけ食べるようになる。ぜいたくを尽く すことのたとえ。栄耀の餅の皮。 |
吉原は世界の四ツにひと時の 寿命を延ばす引け四ツの鐘 (歌意)四ツの鐘がなるのは浮世では亥の刻 だが、ここ吉原では「子の刻」に鳴る。 吉原に来ると寿命が「一刻(ひととき)」延び る。寿命が延びてまた恋しい女と夢うつつ。 *引けの四つ 近世、吉原で引け時に拍子木 を打って知らせる時刻。遊郭の終業時刻が 一応正刻四つ(午後十時ごろ)とされてい たのに対し、実際に終業するのは九つ(午 後十二時ごろ)で、その時に四つとして打 った。引け四つ。 |
*諸事行業 諸事行就(しょじのゆ きなり、道芝の行就、鈴木作兵衛) 四谷鮫ケ橋住。才蔵集1首 *柳直成(やなぎのすぐなり) 鈴木庄七。上州高崎の人。 「後万載集」3首/87「才蔵集」入。 |
(29) 春風に こきつかハれて 青柳の めの出るほとに はたらきそする 水くきの岡に 妻とふ棹鹿の 筆になる毛を ふるふてやなく |
水茎の岡に妻問ふ棹鹿の 筆になる毛を揮ふてやなく (歌意)妻を求めて鳴く棹鹿の毛で作った筆 を揮って、あなたへの震えるような思いを伝 える手紙を書くことだ。 *水茎 消息。手紙。たまずさ。 *水茎の(枕詞)「をか(岡)」にかかる。 |
春風にこきつかはれて青柳の めの出るほどにはたらきぞする (歌意)春風にたなびく青柳を楽しむ暇も なく、女郎買いのはったり男に仲を取り 持つ様にこき使われて大働きをした。 太鼓持ちの本懐とするところ。 *画は検校装束、ひざもとに琵琶が描かれ ている。 *柳 芝居者隠語。女郎買いの際の取巻き。 「柳とは女郎買いの太鼓持ちのこと。」 *春(しゅん)・青(せい シヤウ) 春と青の平韻に揃える。 |
*膝元さ久留 膝元佐愚留(膝本-ひ ざもとさぐる)→ 佐愚留(さぐる・ 膝元・膝本、狂歌) (?ー? )後万載集」2首「才蔵集」 入。 *軒端杉丸(のきばのすぎまる) 狂歌「才蔵集」1首 |
表紙注 古今狂歌袋 引書目録
*東北大学狩野文庫所蔵の「古今狂歌袋」表紙には同本に取上げられた 狂歌百首の引書二十七冊の目録が記載されている。 ふりがな・別書名・著作者・出版年を加筆した。 ページの最上段へ戻る |
○参考書
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