2021/10/28 改訂 目次へ戻る 表紙へ |
浪華禿帚子(なにわとくそうし)著 石川豊信画 |
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(1) 絵本 明ほの草 石川豊信 |
(2) 序 新玉の春、 の 過すを感じ、 と |
*童蒙(どう‐もう) 道理にくらい者。子供。 *荘周(そう‐しゅう)(荘子)戦国時代の思想家。 宋の蒙(河南省商丘市)の人。名は周、字あざなは子休。 著に『荘子』がある。 ○無用の用 「荘子人間世」 世間に役に立たないとされ ているものが、別の意味で非常に大切な役割を果たす こと。役に立たないことがかえって有用であること。 |
序 正月、することもないままに、いまの子供達は何の趣もないままに 日々を無駄に過ごしているのを感じた。自ら子供らを責めるも大人 げないと思いつつ日を暮らしていたが、ある時ふと、荘周の 「無用の用」を思い出して |
(3) おもひ、 無用の用に備ふこと、おさおさ れるハこれ1 なると覚たるが如しと、諸人の 笑ひを求るところ、 はつ春の にあたへて 己丑のはつ春 |
*井蛙(せいあ)(出典)荘子・外篇・秋水第十七 北海若曰、井蛙不可以語於海者、拘於虚也。 (現代訳)北海の神・若(じゃく)が言った。 「井戸の中の蛙には、海のことを話しても分 からない。それは、自分の狭い居場所にこだ わっているからだ。(世間知らずで、見聞が狭 い人にたとえる) 井蛙の天も方 井蛙の天は方(けだ) けだ(方・角)四角な形。方形。 天も四角だと井の中の蛙は思った。 *書林(しょ‐りん) 書店。 ○梓に鏤(ちりば)める 版木に彫りつけて本を 発行する。上梓する。梓(し)にちりばめる。 *禿箒子(とくそうし) 【別称】 浪花/禿帚子(なにわ/とくそうし) 【著作】絵本江戸紫 絵本俚諺集(えほんことわざしゅう) 絵本さざれ石 絵本三十六歌仙等。 *己丑(明和六年)1770年 |
(現代語訳) このことを子供達に示そうと思い立った。 絵を石川氏に依頼してことわざを添えた。子供達のために、「無用の用」 を備えることは、あの荘周にもほとんど劣らないと、自分で自分を自慢 するが、「 初春の賑わいにと書店にあたえたところ、これ即ち出版されることに なった。 明和六年の初春 |
(4) 此たとへハ大欲非道なる人 するを見て いふ事なり しかし おにかミといふ 心なるべし 鬼神とハ 神の 事を いふなり しかれば 此たとへハ いかゞと 問けれハ 貴人に 横道なし |
○鬼神に横道なし 鬼神は道にはずれたことや不条理 なことはしない。鬼神は邪(よこしま)なし、神明 に邪(よこしま)無し。 |
*挿絵は小直衣姿の貴人の前で畏まる裃姿 の侍。台の上のものは寄進する大判? |
(5) 此たとへはひとり さきへゆきて、人 なき所にまちて ゐるたとへなり しかれバ ざとう にハかぎる べからず 外にたとへもの なになりとも あるべし たるこそ おかしけれと 座がしらの かようにいへば 義理きこへ もふさんか |
*座‐がしら(座頭) (1)首座の人。〈日葡〉 (2)芝居その他演芸一座の頭。座長。特に人形浄瑠 璃・歌舞伎などの一座の主席役者。 *日高 日のまだ高いこと。日中。 |
*座頭(ざとう) (1)一座の長。座の頭人。 (2)当道座(琵琶法 師の座として発足)の四官(検校・ 別当・勾当・座頭)の一。 (3)当道座に属する剃髪の盲人の称。 (4)転じて、盲人。 ○座頭の日高に着いた。 座頭が道中の危険を避けるために、日の高い内に 宿屋に着くようにしたことから、予定より早く目的地 に着くこと。また用事が意外に早く済んで、時間を もてあますことのたとえ。 |
(6) 浮世ハ 此たとへは世の中を かろしめたることばなり かような非義なることハ 口すざミには 入らぬものなり 世の中ほと 大事なるものは なしと 申ければ こたへていわく 浮世は 人一分に五倫をそなへ つとめよといふことなり 五倫とハ仁義禮智信なり 世の中を かろしめたることには あらず |
*「口すざみ」 「口ずさミ」 口遊み。 *一分 一人の分際。一身の面目。 *五倫 人として行わなければならない、仁・ 義・礼・智・信の五つの徳。〔漢書〕 |
○浮世一分五厘 この世の諸々は、それほど値打 ちがあるものではないということ。 世間を軽く見てのんきに世をすごすこと。 浮世三分五厘ともいう。 浄、冷泉節「一寸さきはやみの夜、うき世は 一分五厘づつ」 |
*挿絵右頁掛け軸の出典 孟子(滕文公) 長幼序(ちょうようのじょ) 父子有親、君臣有義、夫婦有別、 長幼有序、朋友有信 |
(7) 月夜に釜をぬかれた 此たとへは、 きょろりと あを(仰)のいて ものを見ることを かまをぬかれたとハ ふしんなりといへば こたへていわく 月夜に 此こゝろよくかなふべし いかさまきょろりと あをのいて見る ものをたとふ べし |
蝦蟇・蝦蟆(がま)ヒキガエル。日葡「カマ」 |
○月夜に釜を抜かれる 明るい月夜に釜を盗まれる意 から、ひどく油断することのたとえ。月夜に釜。 絵双紙屋 絵本譬喩節 上巻 月夜に釜をぬかるゝ |
*挿絵は池の端、草むらの中のヒキガエル と満月。 |
(8) 二階から目薬さす 此たとへはものゝ ことにもちゆるハ ふしんなり とろきこと外に たとへ事 あるべきに 二かいから めくすりとハ こたへていわく こすりさする しかれば 良薬口に めこすり泣て いづれ とろき事を いふなるべし |
○良薬は口に苦(にが)し [孔子家語六本「良薬苦於口而利於病」] 病気に よくきく薬は苦くて飲みにくい。 身のためになる忠言が聞きづらいことにいう。 |
○二階から目薬 二階にいる人が階下の人に 目薬をさすように、思うように届かないこと。 効果のおぼつかないこと。「天井から目薬」 とも。 |
*挿絵は丁稚が粗相をして器を壊し、主人 が叱っている図。主人は手に煙管。側に 煙草盆。 |
(9) 雀百になつても踊忘ぬ 此たとへハ若ひ気な 老人を見て いふことなれども 一ッも義理に あたらずと 申ければ こたへて なつても 此こゝろにて かなふべし 鷹ハ飢ても穂は つまずと 正しき 人を たとへる ものか |
*筋目 家柄。血統。由緒。 日葡「スヂメノヨイヒト」 ○鷹は餓えても穂をつまず 節操のある人は窮しても不義の財を貪らないこと のたとえ。 |
○雀百まで踊を忘れず 幼い時からの習慣は、年老 いても抜け切れない。特に道楽の類は年をとっても なおらないというたとえ。 ○三つ子の魂百まで ○義理にも 本心ではないにしても。かりにも。 |
(10) 此たとえハ きょろつく 人を見ていふこと なれども 狐の馬にのつた ためしなしと 申ければ こたえて 狐を 馬はよく 狐を見てハ馬が きよろつくなるべし |
○稲荷の鳥居を越える 狐は稲荷の鳥居を飛び越 えるたびに格があがるという俗説から年功を経 て格があがる。 *今昔物語』(巻第27の41(高陽川狐、変女乗馬 尻語)今は昔、仁和寺の東に高陽川という川があっ た。その川辺で狐が女の童に化け、尻馬に乗って は狐に戻って逃げることを繰り返し、ついにこれ を捕らえたという話がある。 |
○狐を馬に乗せたよう (1)きょろきょろとして 落着きのないさま。(2)言うことの信じがたい さま。 |
*挿絵左頁、鳥居の上の狐と右頁きょろ つく馬、それを静める馬方。 |
(11) 奈良や近江の 横糸の巻たるをへそといふ 肥たる人も 長き人も短き人も おなしやうに丸く いふこといぶかしと 申ければ こたへていふやう かくいへば義理 きこゆべし 龍もひそまる時は かくれ時を得て天 にもあがるなり 時をまてといふ たとへなり あるべきか |
吾妻鏡 源平盛衰記 石橋山の戦い 梶原氏は大庭氏等と共に源氏の家人であったが、 平治の乱で源義朝が敗死した後は平家に従って いた。治承4年(1180年)8月、源頼朝が挙兵し て伊豆国目代山木兼隆を殺した。梶原景時は大 庭景親とともに頼朝討伐に向い、石橋山の戦い で寡兵の頼朝軍を打ち破った。敗走した頼朝は 山中に逃れた。敗軍の頼朝は土肥実平、岡崎義 実、安達盛長ら六騎とししどの岩屋の臥木の洞 窟へ隠れた。大庭景親が捜索に来てこの臥木が 怪しいと言うと、景時がこれに応じて洞窟の中 に入り、頼朝と顔を合わせた。 頼朝は今はこれまでと自害しようとするが、景 時はこれをおし止め「お助けしましょう。 戦に勝ったときは、公(きみ)お忘れ給わぬよ う」と言うと、洞窟を出て蝙蝠ばかりで誰もい ない、向こうの山が怪しいと叫んだ。 大庭景親はなおも怪しみ自ら洞窟に入ろうとす るが、景時は立ちふさがり「わたしを疑うか。 男の意地が立たぬ。入ればただではおかぬ」と 詰め寄った。大庭景親はなおも気になり洞穴へ 弓を入れ二三度さぐった。 その時二羽の山鳩が飛び出しこれを見て大庭景 親は安心して立ち去った。頼朝は九死に一生を 得た。 Wikipedia 源平盛衰記(菊池寛) |
○形(なり)に似て綜麻(へそ)を巻く (綜麻・巻子(へ‐そ) つむいだ糸をつないで、環状に 幾重にも巻いたもの。)綜麻を巻く場合でも、その人の 癖によってさまざまな形状となる。同じ事柄でもそれを するそぞぞれの人の性格に似て出来上がりに差が出 ること。 *麻苧(あさお) 麻の繊維から取った糸。麻糸。 ○竜は時を得て天地に蟠(わだかま)る 竜は時機に合うと天地の間にとぐろを巻く。 英雄豪傑が好機を得て天下に覇を唱えるたと え。 ○時を待つ 時節を待つ。機会を待つ。 ○鳴りをひそめる (1)物音をたてず静かにする。 沈黙を保つ。(2)表立った動きをやめる。 |
*挿絵右頁の大鎧甲冑姿の武者(右)は 梶山 景時、長刀をもつ武者(左)は大庭 景親(大鎧に「大」の字)。 左頁ししどの岩屋の臥木の洞窟に隠れる 源頼朝。飛び立つ二羽の鳩。 |
(12) 朱にまじハれば 此たとへハ善悪 よるといふ心なれども 水晶は朱に まじへても あかくハならすと 申ければ こたへていわく 老人に 仁者に会して道を聞 勇者に会して これ等のたとへなるべし |
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*挿絵は座敷で来客をもてなす夫婦。 火鉢。煙草盆。衝立。床の間に蓬莱 飾り。 |
(13) 面桑和にて 内心悪ある人 をいふたとへなり 狼ハ顔もおそろし、狼にかきり たるハおかしと 申けれはこたへて 絵にてしるべしと 申されき 潭影 空 人心 |
*挿絵衝立障子の漢詩 題破山寺後禅院 常建(じょうけん 盛唐) (一部掲載) 潭影空人心(たんえいは じんしんをむなしくす) 萬籟此都寂(ばんらい ここに すべて せきとして) 但餘鐘磬音(ただ しょうけいの おとをあますのみ) 潭影(たんえい) ふかいふちの色。 淵・潭(ふち)(1)川・沼・湖などの水が淀んで深い所。 (2)浮び上がることのできない境涯。 |
○狼に衣(ころも) うわべは善人らしく装いなが ら、内心は凶悪無慈悲であるたとえ。 ○狼が衣を着たよう *傍目・岡目(おか‐め)他人のしていることを脇 から見ていること。おかみ。 ○傍目八目(おかめ‐はちもく)他人の囲碁を傍で 見ていると、実際に対局している時よりよく手が よめるということ。転じて、局外にあって見てい ると、物事の是非、利・不利が明らかにわかるこ と。 |
*挿絵は金貸し屋と客。算盤。 金貸し証文。 お金。煙草盆。衝立の裏に金貸 しの内儀か。内儀も狼に衣? |