2021/10/28 改訂

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絵本明ぼの草(えほん あけぼのぐさ)三卷三册「上巻

浪華禿帚子(なにわとくそうし)  石川豊信画

  前川六左衞門板    明和七年(1770年)

原データ 東北大学付属図書館狩野文庫画像データベース
  (繪本明不乃草)

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                       解説
 画は江戸中期の浮世絵師
石川豊信(いしかわとよのぶ)(1711~1785)は別称西村重信(にしむらしげのぶ)秀葩(しゅうは)とも称する。西村重長の門人。

漆絵・紅摺絵で抒情的な美人画を描き、鈴木春信に影響を与えた。江戸後期
狂歌師・国学者・戯作者

石川雅望の父でもある。江戸小伝馬町の宿屋糠(ぬか)屋の養子となり、代々の七兵衛を名のる。

代表作に「花下美人図」。石川豊信はこのホームページ絵双紙屋の教訓本のところで掲載している

教訓喩草 絵本花の緑」の絵師と同じである。
著者の
禿帚子(とくそうし)は「絵本江戸紫」「絵本俚諺集」

ほか約二十冊の著作(宝暦~寛政頃出版本)があるが生没年等は不明。墨摺絵本。

 
三十の諺とそれをもじったもの(こじつけ)を対比している。即ちことわざの最初の意味は現代

のことわざの用法と同じであるが、加えて本来の意味(こじつけの解釈)を述べている。

しかしこの解釈は説得力があり注目される。
例えば、

 「鬼神に横道なし」は「貴人に横道なし」
 「月夜に釜をぬかれた」は「月夜に
蝦蟇(がま)の照れた」
 「朱にまじはれば
(あか)くなる」は「衆にまじわれば(あきらか)になる」
 「二階から目薬さす」は「
(にがい)から目こすりさする」
 「佛の顔も三度見れば腹が立つ」は「おどけの顔も三度みれば腹が立つ」
 「膝とも談合」は「非者とも談合


 
翻刻と注釈に関しては古文書研究家椿太平氏と福岡県の松尾守也氏に多大のご協力を頂きました。
 厚く御礼申上げます。
               ***   ***
  ことわざ研究家北村孝一氏から次のご指摘がありました。
   「絵本明ぼの草」(明和7年)出版以前に、文章も挿絵も殆ど同じ絵双紙が2種存在
    したとのこと。
   ①「絵本千代春」(ちよのはる)(国会図書館所蔵)刊記はないが、明和六年刊と
     推定される。
   ②「絵本集草」(国会図書館所蔵)の「たとえ尽し」(絵本集草として合綴した際
     の題箋で仮称)
   序文に「きのとの酉のはつ春(明和2年)」と明記あり
              ***   ***
  東北大狩野文庫「明ぼの草」中巻の落丁部分が国会図書館所蔵「絵本千代春」に掲載されて
  いて、北村孝一氏から資料の提供を受けて落丁部分の翻刻文を掲載しました。
  ご指摘ご協力厚く御礼申し上げます。


               

(1)

絵本 明ほの草

  
石川豊信









(2)
  序

新玉の春、
閑暇(かんか)なるまゝに童蒙(どうもふ)
(わざ)なふしていたづらに日を
過すを感じ、
(ミづから)いたづらをせんも
(おとな)げなく日を暮しかねしが、ふ
荘周(そうしう)が無用の用を思ひ

*童蒙(どう‐もう) 道理にくらい者。子供。
*荘周(そう‐しゅう)(
荘子)戦国時代の思想家。
 宋の蒙(河南省商丘市)の人。名は周、字あざなは子休。
 著に『荘子』がある。

○無用の用 「荘子人間世」 世間に役に立たないとされ
 ているものが、別の意味で非常に大切な役割を果たす
 こと。役に立たないことがかえって有用であること。


正月、することもないままに、いまの子供達は何の趣もないままに
日々を無駄に過ごしているのを感じた。自ら子供らを責めるも大人
げないと思いつつ日を暮らしていたが、ある時ふと、荘周の
「無用の用」を思い出して


(3)
(いだ)し是を童蒙(どうもふ)に示さん事を
おもひ、(ぐハ)を石川氏に乞て(こと)
(わざ)をそへ、童蒙のために
無用の用に備ふこと、おさおさ
彼人(かのひと)にも劣まじと、(ミつから)ほこ
れるハこれ
井蛙(せいあ)の天も(けた)

なると覚たるが如しと、諸人の
笑ひを求るところ、(これ)
(すなはち)

はつ春の(にきわひ)ならむと書林
にあたへて(あづさ)
にちりばめぬ
     禿帚子(とくそうし)
  己丑のはつ春
*井蛙(せいあ(出典)荘子・外篇・秋水第十七
 北海若曰、井蛙不可以語於海者、拘於虚也。
 (現代訳)北海の神・若(じゃく)が言った。
 「井戸の中の蛙には、海のことを話しても分
 からない。それは、自分の狭い居場所にこだ
 わっているからだ。(世間知らずで、見聞が狭
 い人にたとえる)
 井蛙の天も方 井蛙の天は方(けだ)
 けだ(方・角)四角な形。方形。
 天も四角だと井の中の蛙は思った。
*書林(しょ‐りん
 書店。
○梓に鏤(ちりば)める 版木に彫りつけて本を
 発行する。上梓する。
梓(し)にちりばめる。
*禿箒子(とくそうし)
 【別称】 浪花/禿帚子
(なにわ/とくそうし)
 【著作】絵本江戸紫 
 絵本俚諺集(
えほんことわざしゅう)
 絵本さざれ石 絵本三十六歌仙等。

*己丑(明和六年)
1770年
 (現代語訳)
  このことを子供達に示そうと思い立った。
  絵を石川氏に依頼してことわざを添えた。子供達のために、「無用の用」
  を備えることは、あの荘周にもほとんど劣らないと、自分で自分を自慢
  するが、「
井蛙(せいあ)(けん)」などと言って人が笑ってくれることを期待して
  初春の賑わいにと書店にあたえたところ、これ即ち出版されることに
  なった。
            
   明和六年の初春           禿帚子(とくそうし)


(4)
鬼神(きじん)横道なし

此たとへハ大欲非道なる人
神仏(かミほとけ)奉加(ほうが)寄進など
するを見て いふ事なり
しかし鬼神(きじん)とハ
おにかミといふ 心なるべし
鬼神とハ 神の(めう)なる
事を()とハ

いふなり しかれば 
此たとへハ
いかゞと 問けれハ
答曰(こたへていわく)

 貴人に 横道なし
○鬼神に横道なし 鬼神は道にはずれたことや不条理
 なことはしない。鬼神は邪(よこしま)なし、神明
 に邪(よこしま)無し。

挿絵は小直衣姿の貴人の前で畏まる裃姿
 の侍。台の上のものは寄進する大判?


(5)
座頭(ざとう)日高(ひだか)につゐた

此たとへはひとり
さきへゆきて、人
なき所にまちて
ゐるたとへなり
しかれバ ざとう
にハかぎる べからず
外にたとへもの
なになりとも  あるべし
座頭(ざとう)にかぎり
 たるこそ おかしけれと
 (とへ)

座がしらの日高(ひだか)につゐた

かようにいへば
義理きこへ 
 もふさんか
座‐がしら(座頭)
 (1)首座の人。〈日葡〉
 (2)芝居その他演芸一座の頭。座長。特に人形浄瑠
 璃・歌舞伎などの一座の主席役者。

日高 日のまだ高いこと。日中。
*座頭(ざとう)
 
(1)一座の長。座の頭人。
 (2)当道座(琵琶法 師の座
として発足)の四官(検校・
   別当・勾当・座頭)の一。
 (3)当道座に属する剃髪の盲人の称。
 (4)転じて、盲人。
○座頭の日高に着いた。
 座頭が道中の危険を避けるために、日の高い内に
 宿屋に着くようにしたことから、予定より早く目的地
 に着くこと。また用事が意外に早く済んで、時間を
 もてあますことのたとえ。


  (6)
浮世ハ壱分五厘

此たとへは世の中を
 かろしめたることばなり
 かような非義なることハ
 口すざミには
 入らぬものなり
 世の中ほと
 大事なるものは
 なしと  申ければ
 こたへていわく

浮世は一分五倫

人一分に五倫をそなへ
つとめよといふことなり
五倫とハ仁義禮智信なり
世の中を
 かろしめたることには
  あらず
*「口すざみ」 「口ずさミ」 口遊み。
一分 一人の分際。一身の面目。
五倫 人として行わなければならない、仁・
 義・礼・智・信の五つの徳。〔漢書〕

○浮世一分五厘 この世の諸々は、それほど値打
 ちがあるものではないということ。
 
世間を軽く見てのんきに世をすごすこと。
 浮世三分五厘ともいう。
 浄、冷泉節「一寸さきはやみの夜、うき世は
 一分五厘づつ」

挿絵右頁掛け軸の出典 孟子(滕文公)
 長幼序(ちょうようのじょ)
 父子有親、君臣有義、夫婦有別、
 長幼有序、朋友有信
 


(7)
月夜に釜をぬかれた

此たとへは、
 きょろりと
 あを
(仰)のいて
ものを見ることを
かまをぬかれたとハ
 ふしんなりといへば
こたへていわく

月夜に蝦蟇(かま)(ひきがいる)
 (てら)れた

此こゝろよくかなふべし
いかさまきょろりと
 あをのいて見る
 ものをたとふ べし
 蝦蟇・蝦蟆(がま)ヒキガエル。日葡「カマ」
○月夜に釜を抜かれる 明るい月夜に釜を盗まれる意
  から、ひどく油断することのたとえ。月夜に釜。

 絵双紙屋 絵本譬喩節 上巻  月夜に釜をぬかる
挿絵は池の端、草むらの中のヒキガエル
 と満月。



(8)
二階から目薬さす

此たとへはものゝ
(らち)あかぬとろき
ことにもちゆるハ ふしんなり
とろきこと外に
たとへ事  あるべきに
二かいから
 めくすりとハ
()
なりと  申ければ

 こたへていわく
(にがい)から目
  こすりさする


丁稚(でつち)子者(こもの)
 しかれば
良薬口に(にが)しと
めこすり泣て
 (らち)のあかぬハ
いづれ とろき事を
  いふなるべし
良薬は口に苦(にが)し
 [孔子家語六本「良薬苦於口而利於病」] 病気に
 よくきく薬は苦くて飲みにくい。
 身のためになる忠言が聞きづらいことにいう。

○二階から目薬 二階にいる人が階下の人に
 目薬をさすように、思うように届かないこと。
 効果の
おぼつかないこと。「天井から目薬」
 とも。

挿絵は丁稚が粗相をして器を壊し、主人
 が叱っている図。主人は手に煙管。側に
 煙草盆。


(9)
雀百になつても踊忘ぬ

此たとへハ若ひ気な
老人を見て
いふことなれども
一ッも義理に  あたらずと
申ければ

  こたへて
筋目(すじめ)百年に
 なつても
(おこ)り忘ぬ

此こゝろにて  かなふべし
鷹ハ飢ても穂は
 つまずと  正しき
人を たとへる ものか
*筋目 家柄。血統。由緒。
 日葡「スヂメノヨイヒト」
○鷹は餓えても穂をつまず  
 節操のある人は窮しても不義の財を貪らないこと
 のたとえ。
○雀百まで踊を忘れず 幼い時からの習慣は、年老
 いても抜け切れない。特に道楽の類は年をとっても
 なおらないというたとえ。
三つ子の魂百まで
義理にも 本心ではないにしても。かりにも。  



(10)
(きつね)(むま)に乗たやうな

此たとえハ
 きょろつく
人を見ていふこと
 なれども
狐の馬にのつた
ためしなしと
申ければ こたえて

狐をに見せたやうな

馬はよく夭怪(ようくわい)をしるゆへ
狐を見てハ馬が
きよろつくなるべし
○稲荷の鳥居を越える 狐は稲荷の鳥居を飛び越
 えるたびに格があがるという俗説から年功を経
 て格があがる。

*今昔物語』(巻第27の41(高陽川狐、変女乗馬
 尻語)今は昔、仁和寺の東に高陽川という川があっ
 た。その川辺で狐が女の童に化け、尻馬に乗って
 は狐に戻って逃げることを繰り返し、ついにこれ
 を捕らえたという話がある。
狐を馬に乗せたよう (1)きょろきょろとして
 落着きのないさま。(2)言うことの信じがたい
 さま。

挿絵左頁、鳥居の上の狐と右頁きょろ
  つく馬、それを静める馬方



(11)
(なり)に似て経麻(へそ)(まく)

奈良や近江の麻苧布(あさをぬの)を織
横糸の巻たるをへそといふ
肥たる人も(やせ)たる人も
長き人も短き人も
おなしやうに丸く
(まく)からハ(なり)に似てと
いふこといぶかしと 申ければ
 こたへていふやう


()なりに居て(ひそ)まる

かくいへば義理 きこゆべし
龍もひそまる時は
かくれ時を得て天
にもあがるなり
時をまてといふ たとへなり
(もつはら)武門(ぶもん)
 あるべきか
 吾妻鏡 源平盛衰記 石橋山の戦い
 梶原氏は大庭氏等と共に源氏の家人であったが、
 平治の乱で源義朝が敗死した後は平家に従って
 いた。治承4年(1180年)8月、源頼朝が挙兵し
 て伊豆国目代山木兼隆を殺した。梶原景時は大
 庭景親とともに頼朝討伐に向い、石橋山の戦い
 で寡兵の頼朝軍を打ち破った。敗走した頼朝は
 山中に逃れた。敗軍の頼朝は土肥実平、岡崎義
 実、安達盛長ら六騎とししどの岩屋の臥木の洞
 窟へ隠れた。大庭景親が捜索に来てこの臥木が
 怪しいと言うと、景時がこれに応じて洞窟の中
 に入り、頼朝と顔を合わせた。
 頼朝は今はこれまでと自害しようとするが、景
 時はこれをおし止め「お助けしましょう。
 戦に勝ったときは、公(きみ)お忘れ給わぬよ
 う」と言うと、洞窟を出て蝙蝠ばかりで誰もい
 ない、向こうの山が怪しいと叫んだ。
 大庭景親はなおも怪しみ自ら洞窟に入ろうとす
 るが、景時は立ちふさがり「わたしを疑うか。
 男の意地が立たぬ。入ればただではおかぬ」と
 詰め寄った。大庭景親は
なおも気になり洞穴へ
 弓を入れ二三度さぐった。
 その時二羽の山鳩が飛び出しこれを見て大庭景
 親は安心して立ち去った。頼朝は九死に一生を
 得た。
 Wikipedia 源平盛衰記(菊池寛)

形(なり)に似て綜麻(へそ)を巻く
 (綜麻・巻子(へ‐そ) つむいだ糸をつないで、環状に
 幾重にも巻いたもの。)綜麻を巻く場合でも、その人

 癖によってさまざまな形状となる。同じ事柄でもそれを
 するそぞぞれの人の性格に似て出来上がりに差が出
 ること。

*麻苧(あさお) 麻の繊維から取った糸。麻糸。
竜は時を得て天地に蟠(わだかま)る
 竜は時機に合うと天地の間にとぐろを巻く。
 英雄豪傑が好機を得て天下に覇を唱えるたと
 え。
○時を待つ 時節を待つ。機会を待つ。
鳴りをひそめる (1)物音をたてず静かにする。
  沈黙を保つ。(2)表立った動きをやめる

挿絵右頁の大鎧甲冑姿の武者(右)は
 梶山 景時、長刀をもつ武者(左)は大庭
 景親(大鎧に「大」の字)。
 左頁ししどの岩屋の臥木の洞窟に隠れる
 源頼朝。飛び立つ二羽の鳩。


(12)
朱にまじハれば(あか)くなる

此たとへハ善悪(とも)
よるといふ心なれども
水晶は朱に  まじへても
あかくハならすと 
 申ければ  こたへていわく

(しゆう)にまじハれば(あきらか)になる

老人に(くわい)して(ふるき)を聞
智者(ちしや)に会して(はかりこと)を聞
仁者に会して道を聞
勇者に会して(わざ)を聞
これ等のたとへなるべし
 
○衆を得れば天を動かす 大衆の心をつかめば、
 天をも動かすことが出来る。
○衆を得れば国を得
 大衆の心をつかんで民意
 を生かす政治を行えば国を保つことが出来る。

○衆と好みを同じくすれば成らざるなし
 衆人の好むところと一致して行動すれば何事も
 出来る。


朱に交われば赤くなる 
 人は交わる友によって善悪いずれにも感化
 される。

挿絵は座敷で来客をもてなす夫婦。
 火鉢。煙草盆。衝立。床の間に蓬莱
 飾り。



(13)
(おほかめ)(ころも)

面桑和にて
内心悪ある人
をいふたとへなり
狼ハ顔もおそろし、狼にかきり
たるハおかしと
申けれはこたへて


岡目(おかめ)に衣

絵にてしるべしと 申されき

   潭影
    空
    人心

*挿絵衝立障子の漢詩
 題破山寺後禅院 常建(じょうけん 盛唐)
 (一部掲載)

 潭影空人心(たんえいは じんしんをむなしくす)
 萬籟此都寂(ばんらい ここに すべて せきとして)
 但餘鐘磬音(ただ しょうけいの おとをあますのみ)
 
 潭影(たんえい)  ふかいふちの色。
 淵・潭(ふち)(1)川・沼・湖などの水が淀んで深い所。
         (2)浮び上がることのできない境涯。
○狼に衣(ころも) うわべは善人らしく装いなが
 ら、内心は凶悪無慈悲であるたとえ。
○狼が衣を着たよう

傍目・岡目(おか‐め)他人のしていることを脇
 から見ていること。おかみ。

○傍目八目(おかめ‐はちもく)他人の囲碁を傍で
 見ていると、実際に対局している時よりよく手が
 よめるということ。転じて、局外にあって見てい
 ると、物事の是非、利・不利が明らかにわかるこ
 と。

挿絵は金貸し屋と客。算盤。
 金貸し証文。
 お金。煙草盆。衝立の裏に金貸
 しの内儀か。内儀も狼に衣?



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