2020年3月3日 改訂

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教訓喩草  絵本 花の緑
下巻

石川豊信画  江戸須原屋茂兵衞等
 宝暦十三年(1763年)

原データ 東北大学付属図書館狩野文庫画像データベース
 
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 教訓
 
喩草 絵本花の緑  下





 




(1)

 
(おと)れるよりも
 身のほどを
 しらぬこそ 
 恥なるべし

 (変体仮名の読み方)
 劣れ(連)るよりも
 身のほ(保)どを
 し(志)らぬこそ
 恥なるべ(遍゛)し
 
(文意)自分の価値・力量が他人より劣っていることに気付くことより、自分の身の程(分際・身分)をわきまえないことこそ恥である。

(挿絵)の二人の子供が縁側で将棋を指している。負けそうになった少年が悔しくて年下の子を突き倒している。それを見て止めに駈け寄る少年。将棋盤と駒箱。



(2)
入相(いりあひ)の鐘に
 花はちれど
 捨たといふて
 世を捨かねての


 
2道心者(どうしんじや) 
 捨た姿(すがた)で 
 争ひはいと見くるし





 道心者
 捨た(多)か(可)た(多)
 争ひは(盤)いと見くるし

道心者 仏法に帰依した人。
本立ちて道生ず 根本が定まってはじめて
  進むべき道もはっきりしてくる。


入相の(乃)鐘に(尓)
は(盤)ちれ(連)ど
た(多)といふて、
世を捨か(可ね(年)ての

入相の鐘  日暮に寺でつく鐘。晩鐘。
○ 山里の春の夕ぐれ来て見れば
     入相の鐘に花ぞ散りける

       (新古今和歌集 能因法師)
悟りゆく真の道に入ぬれば
      こひしかるべき故郷もなし

        (新古今和歌集 慈円)
(文意)夕暮れの鐘に花ははらはらと散っていく。花は自然の召すままに何時なりとも生を棄て、根もとに帰る。出家したにも係わらず娑婆気を捨て兼ね、互いに言い争いするのは大変に見苦しい。

(挿絵)右頁墨染め衣の男と左頁袈裟懸けの男は共に道心者。一方は摺鉦(すり‐がね)をさげて、もう片方は鼓を手に、それぞれ撞木を持ち、互いに言い争いしている。装束の違いは異なる宗派の道心者。宗論を戦わせているものか。



(3)
 耳に数珠かけぬ 
 
1念仏講中と
 
2若ひ女の2後生願ひとハ
 

  念仏講中

 
 奉開帳恵成大師

 似あはぬ事
 
上下(かミしも)を着て
 旅をするがごとし

  
3恵成大師奉納

 似あは(者)ぬ事、
 上下を着て
 旅をす(春)るがご(古゛)とし

後生願い 後生頼み 阿弥陀に帰依して極楽往生
 を願うこと。

恵成大師 浄土宗の開祖法然の勅誼名か。法然の
 勅誼(天皇より賜るおくり名)は沢山あるが、
 桃園院の御代寶暦十一年五百五十年の御忌に
 恵成の號を加諡と記載あり。

 法然六五〇年の御忌
 

に(尓)数珠か(可)けぬ
念仏講中と、若ひ女の(乃)
後生願ひとハ

念仏講 念仏宗信者の会合、すなわち念仏の講中。
 毎月当番の家に集まって念仏を勤め、掛金を積み立
 てて会食・葬儀の費用に当てた。
○若い女の寺狂い。 若い女が熱心に寺参りをする
 こと。不似合いなこと、ふさわしくないことの
 たとへ(譬喩尽ー二)

(文意)耳に数珠かけた念仏講中と若い女の後生願いとは似合ぬものだ。たとえて云うなら裃を着て旅をするようなものだ。


(挿絵)先達と念仏講の老若男女達一行。


(4)
 (うらなひ)は人の
  うたがひを
 (けつ)して助け
 医は人の命をたすく

1治国(ちこく)(へい)天下(てんか)仁徳(じんとく)

 万民におよぼし給ふ
2柳原3枝をな(鳴)らさぬ
 御代の繁栄
 いと有がたし

 
 心易占(看板)
   御うらなひ
  
 5墨色 いんか者
 万民におよぼ(保゛)し給ふ
 柳原枝をならさぬ
 御代の繁栄
 いと有が(可゛)た(多)し

心易(しん‐えき)易の一種。筮竹(ぜいちく)を用い
 ず、見聞する事象によって象あるいは数を取って卦を
 起し、殊に年月日時の数をもって卦を立てる。

墨色 墨で花押などを書かせ、その色合を占って
 吉凶を判断すること。
 いんか者 因果者。前世の悪業の報いを受けた人。
 不幸な人。

は(盤)人の(乃
たが(多可゛)ひを
訣して助け(希)、
は(盤)人の
命をた(多)す(春)
治国平天下仁徳

1治国平天下 [大学] 国をおさめ、天下を平和
 にすること。
2柳原(やなぎわら) 柳の生い繁っている野原。
 東京都千代田区の万世橋から神田川に沿って浅
 草橋に至る街路。
 江戸時代古着屋が立ち並んだ。
3○枝を鳴らさず[論衡「風不鳴枝、雨不破塊」]
 太平の世には樹の枝を鳴らすほどの風も吹か
 ない。天下太平なさまをいう

○浮世は神国、身はまじない
 わが国は神国でまじないを尊ぶ国柄である。

(文意)占いは占形(うらかた)によって神意を問い、事の吉凶や将来の成り行き、思案の迷いをきっぱりと分け決定してくれる。医は人の命を助ける。治国平天下。仁徳を万民に及ぼし下され、天下泰平の御代の繁栄こそ有り難いことよ。


(挿絵)易者のもとに集まる人々。



(5)
 鼻高ふ1
天皇様(てんわうさま)(うる)人ハ
 銭と米とが御すき
  わいわい


*猿田彦 記紀神話の国つ神の一。瓊瓊杵尊(にに
 ぎのみこと)降臨の際、先頭に立って道案内し、の
 ち伊勢国五十鈴(いすず)川上に鎮座したという。
 容貌魁偉で鼻長七咫(あた)、身長七尺余と伝える。
 日本書紀には、これを俳優または衢(ちまた)
 の神とした。中世に至り、庚申の日にこの神を
 祀り、また、道祖神と結びつけた。
祭礼の神輿
 渡御の際、天狗面を被った猿田彦役の者が
 先導をすることがある。

 鼻高ふ 天皇様を
 売人ハ 銭と米とが(可゛
 御す(春)き(起) 
 わ(王)い/\
(文意)鼻高い天狗のお面をつけて得意げに天王様を売り物にする人は銭と米とがお好き。わ~い。わ~い。

(挿絵)猿田彦の面をかぶり、紋付の羽織袴に両刀をさし、「わいわい天王囃(はや)すがおすき。子供やはやせ、わいわいと囃せ、囃した者にお札をやろうぞ」」などといって、牛頭(ごず)天王の小札をまき、戸ごとに銭を乞うた。子供達も一緒に囃している。



(6)
 浮世の善悪をいはず(うち)より
 茶のミたのしむ老人こそ

 子孫おほからめと
 見るも(たつと)



浮世の(乃)善悪をいは(者ず(須゛)、
打より茶のミたのしむ老人こそ
子孫おほ(本)からめと 見るも尊し
*天下の善悪は舌三寸の囀(さへづ)るにある  
天草本伊曽保ーイソプの生涯の事
(文意)浮世の善し悪し不平も言わないで穏やかに茶を楽しむ老人達こそ子孫の弥栄(いやさか)成れと祈りたい。見るだけでも尊いことよ。

(挿絵)老女達が座敷の囲炉裏端に集い、茶を飲みながら談笑している。囲炉裏に大きな鍋が掛かっている。鍋料理を煮ているものか。飯台に飯茶碗とおひつが見える。




(7)
太平の民
 万歳をとなへ
 神明を

1
渇仰(かつごう)し奉るこそ
目出度ためしなり
(けり)



  渇仰し(志)奉るこそ、
 目出度 ためしな(那)り
(けり)

 太平の(乃)民、
 万歳をとなへ 神明を

1渇仰 人の徳を仰ぎ慕うことを、のどの渇いた
   者が水を求めるのにたとえた語。

*万歳 よろずよ。万年。まんぜい。神楽歌。
(文意)太平の民が万歳を唱え神明を仰ぎ奉る事こそ目出度い例(ためし)だ。

(挿絵)左頁に団扇を持った牛若丸役の若い男と、右頁鎧姿で背中に七つ道具を背負い右手に長刀を持った弁慶役の少年が座敷に上がっている。奴が飾りの付いた傘を振って門付している。扇を手にするのは家の主、奴を見る女達。祭りの門付けに来た者達を招き入れている。




(8)
 毎年々々
1大山へ
 参詣して
 
石尊(せきそん)大権現の
 をしへを守るも
 物もらひの 二文


 くれといはぬも
 孟子の
(のたまハゝ)
 2性皆善(せいミiなぜん)なりと
 の給ひしも
 むべ
(宜)なるかな

 くれといは(者)ぬも、
 孟子の曰、
 性皆善なりと
 の給ひしも
 むべなる
か(可)な(那)

 毎年々々大山へ 参詣して、
 石尊大権現の(乃)
 をしへを守るも、
 物もらひの二文

1大山 神奈川県伊勢原市にある山。一名、雨降山(あ
 めふりやま)。
本社に大山祇大神(オオヤマツミ)、
 摂社奥社に大雷神(オオイカツチ)、前社に高
 
鮴需 (タカオカミ)を祀る。
 神仏習合時代には、本社の祭神は、山頂で霊石が祀
 られていたことから「石尊大権現」と称された。
 摂社の祭神は、俗に大天狗・小天狗と呼ばれ、全国
 八天狗に数えられた相模大山伯耆坊である。また大
 山詣には「納太刀」の習わしがある。これは、源頼朝
 が大山へ登り、太刀を奉納し武運を祈ったことに由来
 するという。
 江戸時代初期は、将軍や大名などの武士や一部の
 金持ちなどの町人が参詣していたが、その後、多くの
 庶民も講社を組むなどして参詣した。

(文意)毎年々大山参詣して石尊権現様の教えを守るのも、物貰いが二文くれと言わないのも、孟子が人間の本性は善であるとおっしゃったことも、いかにも道理にかなっている。

(挿絵)大山講。御師と四人連れ。六根清浄と掛念仏を唱えながら大山阿夫利神社(おおやま-あふり-じんじゃ)をめざす。講中のひとりは「天狗」の絵の描かれた「奉納御来迎講中」の飾りを担ぎ、またひとりは奉納の木太刀を持っている。村の子供らが後を追っている。御師は錫杖(しゃくじょう)を持ち墨染め衣、高歯・高下駄姿。





(9)
 法を
(いゝ)たてに
 わた
(渡)し守が銭ゆへ
 
悪口(あくこう)すると刀を
 言たてゝかさ高なるも
 共に

 
 見ぐるし
 
柔和(にうわ)に浮世の橋を
 わたるべし

 
仮橋壱人前一銭宛 
 
  1わたほうし
 見ぐるし。
 柔和に(尓)
 浮世の橋をわた(多)るべし


 法を言た(堂)てに、
 わた(多)し守が(可゛)銭ゆへ
 悪口す(春)ると
 刀を言た(堂)てゝ
 かさ高な(那)るも  共に(尓

1綿帽子 (1)真綿をひろげて造ったかぶりもの。
 もと男女共に防寒用。後には装飾化して、婚礼に新婦の
 顔をおおうのに用いた。かずきわた。おきわた。額綿。

浮世渡らば豆腐で渡れ  豆腐が四角四面
 でやわらかいことからこの世を渡るには生真面目
 でしかも柔和であれという意。

(文意)掟を根拠に、渡し守が銭のことで、あるいは悪口いうと刀をちらつかせて、嵩高に言う者もみな見苦しい。柔和に浮世の橋を渡るべきだ。

(挿絵)仮橋で通行料を徴収する渡し守の二人と、橋の前で腹立て嵩高に刀をちらつかせる侍。




(10)
    1其角

 
夕雨(ゆふだち)
 よくもおとこに
   生れ
(けり)

1宝井其角(たからい‐きかく) 江戸前期の俳人。
 本姓竹下(たけもと)、母方の姓は榎本(えのもと)。
 号は宝晋斎など。近江の人。江戸に来て蕉門に入
 り、派手な句風で、芭蕉の没後洒落風をおこし、江
 戸座を開いた。蕉門十哲の一。撰「虚栗(みなしぐ
 り)」「花摘」「枯尾華」など。(1661~1707)

 夕涼み よくぞ男に 生まれける  其角の歌

      其角
 夕雨や
 よくもお(於)とこに生れ(けり

(文意)よくぞ男の生まれたものよ。夕立の雨と涼しい風が体中を通り抜けて行く。

(挿絵)川端で激しい夕立に出遇い、突風で笠をを飛ばさた人や笠を押さえている人を描く。若い女は着物は裾が風で乱れるのを気にしている。




11)

 宝暦十三歳 
  江都 石川豊信画印

          
未正月吉日
   難花 禿箒子 讃印
   
  同 彫工
    村上源右衛門



   大坂心斎橋安堂寺町
     大野木市兵衛
   同所
 書林   辻 久兵衛

    江戸日本橋南壱町目
     須原屋茂兵衛


参考書

江戸語の辞典 前田勇編 講談社学術文庫

故事 俗信 ことわざ大辞典 小学館

江戸商売図会 三谷一馬  中央文庫

広辞苑 第四版

漢和辞典 学研

古語辞典  三省堂
 
くろご式慣用句辞典

くろご式ことわざ辞典(ことわざ一覧



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