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018/07/17改訂

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黄表紙

莫切自根金生木(きるなのねからかねのなるき) 
三巻合綴一冊

唐来参和著  喜多川千代女画
 
天明五年(1785年)

原データ 東京大学付属図書館 霞亭文庫




 
 
 解説
  大金持ちの「萬々」は金がありすぎて苦しむ。なんとかこの煩わしさから逃れようと
  苦心惨憺。貧乏神を拝み、金貸し・傾城買・博打・富札・物見遊山等、いろいろ散財
  するがますますお金が増えて、蔵の金銀すべてを海へ捨てさせる。ところが捨てた金
  銀が空を飛び、「萬々」の蔵めがけて飛んでくる・・・。金にまつわる世相や人間の
  欲望を滑稽に明るく描く。

  題名は上から読んでも下から読んでも同じ「きるなのねからかねのなるき」で回文。 
  題名の意味は「もともと根から(かね)のなる木がはえているのだから(かね)のなる木を切るな」
  の意味。

  唐来参和(1744~1810)は江戸後期の狂歌師、洒落本・黄表紙作者。加藤氏。通称、
  和泉屋源蔵。洒落本「和唐珍解」黄表紙「物草太郎月」他二十七冊の著作がある。
  画は喜多川(喜田川)千代女。歌麿の門人。「年始御礼帳」他数冊の挿絵本がある。




  
①原文は殆どひらがなで書かれていますが読み易さを考慮して適宜漢字に直し、
   また濁点を補いました。句読点を適宜加え、改行は序文以外は適宜改めました。
  ②助詞の「は」「ば」「に」等は底本表記のままにしました。

  ③会話の部分についてはその人物を( )で記入し、会話文には「 」をつけました。
  ④
底本の誤字・脱字と思われる個所は( )内にそれを補いました。
  ⑤注は
各見開きの下に、慣用句・諺は○印で記しました。
  ⑥釈文は画像の下に、注は釈文の下に記しました。



       
 
 
 順廻能(まわりのよい)
    
  名題家(なだいのいへ) 
    

    自根金生木(きるなのねからかねのなるき)

  

          




 序
 (ことわざ)
1(ひん)の病あり、(もつ)たが病あり。2金がかたきと云ふ
 側から、たつた三百両とは、こいつハありがたいと
 感心してあまり有れとも、算用(さんやう)してハ
 ふ足だらけ。そこの所ハ、
入我、我入、おれが、われか、
 5
われが、おれか、どちらへ張たら与かん平。何か
 難波のあし早く、
8謖言(かせぐ)追付(おいつく)びんぼう物に、足る
 ことをおしへんと、一寸一部の此そうしハ、友人
 唐来参和(とうらいさんな)が、かわらぬ春の、出放題なる事を、
 口もとにあやなすのミ。
                  和光同人
    
 (意訳)  序
 
ことわざに(ひん)(やまい)あり。(金を)持つことが病になる。(かたき)だ。
 あれば身を滅ぼすと云うそばから「金がたったの三百両とはこいつは
 ありがたい」と感心することしきりである。
計算しては不足だらけ。
 そのところは
入我(にゅうが)我入(がにゅう)「俺がわれか。
 われが俺か。(膏薬を)どちらへ張ったら
()かん(べい)。」
 何が何だか、難波の蘆の足早く、稼ぐに追いつく貧乏ものに、物の足る
 ことを教えようと、
一寸(いっすん)一部の有難いこの双紙は、友人
 
唐来参和(とうらいさんな)いつもながらの新春のでまかせで
 口先巧みに序文を記す。
     和光同人 
   
なにが なにわ あし(蘆と足)
 もの(者と物) 語呂合わせの洒落 

稼ぐに追いつく貧乏なし
 常によく働けば貧乏しない。

一寸(いっすん)一部 一寸一分金のこと。
 一分金は一両の四分の一に当る。
 一寸で一分金の尊像のように有難い、この
 双紙の一部という意味。
和光同人 この号名不詳。作者唐来参和と
 同人かも不明。次の「和光同塵」の洒落か。
 和光同塵〈故事〉自己の才能をかくし、俗
 世間の中にまじわること。
 「老子」の「和其光同其塵=
 ソノ光ヲ和ラゲソノ塵ニ同ジウス」に基づ
 く。
〔仏〕仏が衆生を救うために、知恵の光をか
 くして、塵ちりのような人間界に姿をかえ
 てあらわれること。
 特に、仏が日本の神として現れる本地垂迹
 のことをいう。和光垂迹。

貧の病 貧乏を病気の一つにたとえた語。
金が敵(かたき)
 金銭が身を滅ぼすもとであるの意。

たつた三百両とは 
 「ひらがな盛衰記」四段目 梅が枝の詞
 「金ならたった三百両で可愛い男を殺すの
 か。アヽ金がほしい。」(黄表紙・洒落本
 集 日本古典文学大系岩波書店)

入我 我入
 〔仏〕密教で、如来の身口意(しんくい)の
 三密が我に入り、我の身口意の三業が如来
 に入り、一切諸仏の功徳をわが身に具足す
 ること。
 (汝が我か、我が汝かの意から)
 どちらとも解されること。無茶苦茶の意に
 用いる。
われが、おれか、どちらへ張たら与勘平。
 与勘平は(1)浄瑠璃「蘆屋道満大内鑑」に
 出てくる
 保名(やすな)の奴の名で奴二人の台詞。
 よかんべい(与勘平)(安永頃江戸で、
 泉州信田(しのだ)の森の与勘平と称する
 奴姿の二人が、挟箱を持ち、「疝気寸白
 (すばこ)に張ったらよかんべい」などと
 言って、膏薬を売りあるいたもの。




(一)
 こゝに御存じの
金々先生の又隣に、萬々先生といふ者あり。
 七珍万宝くらにミちミちて、代々栄耀に暮らしけるが、物事自由に手の
 まわるがしきりにうるさく、三日なり共貧乏せば、今の思ひハあるまいと、
 家に伝る(名)作の大黒を引きづり退けて、貧乏神の絵像をとゝのへ、
 暦の内の大の悪日を縁日として、信心なしける。

  
(萬々の妻)「旦那のお顔も、この頃ハ貧相におなりなされた。」
  
(手代一) 「されバでござります。これでハ御いへ御衰微のもとい、
       おめでたうござります。」
  
(手代二) 「捨てられる神あれバ、助られる神もありがてへか。」
  
(萬々)  「をんぼろをんぼろ、貧乏なりたや、そわか。」
  
(下女)  「おとゝい来いおとゝい来い。」       
        
をんぼろ/\
 陀羅尼・真言の呪文に擬えたもの。
 薬師如来の真言に「おんころころせんだり
 まとうぎそわか」がある。そわか(蘇婆訶)
 とは (梵語 円満・成就などと訳す)
 真言陀羅尼の終りにつける語。
 功徳あれ、成就あれなどの意。
 ここでは呪文と貧乏でぼろぼろのを掛けた。

一昨日来い 二度と来るなの意で、ののしり
 追い返す時にいう。
 (この挿絵では下女が貧乏神を渋団扇で追い出
 しているところ。)
金々(江戸で明和・安永頃からの流行語)
 立派なさま。また、身なりを立派につくって
 すましたり得意になったりするさま。
 「金々先生栄花夢」の主人公の名。

萬々 金銀満々。
 金が満ちている意から名付ける。




 
(二)
 萬々ハ信心の奇特も見へねバ、いろいろと工夫をめぐらし、なんでも
 やたらに貸しかけて、世上の人に無沙汰をさせたならバ、金蔵もくつろぐ
 べしと、貸金接待の高札を門口にかけて、委細かまわず来る人(に)ごと
 貸しいだす。

 
(萬々)  「御返済の御あてことがござつてハ、御借用は御無用で御ざる。」
 
(借手の女) 「わたくしハ女で御ざりますから、証人をつれてまいりませうか。」
 
(萬々)  「きつとした証人があつてハ、御貸し申されませぬ。」
 (借手の男)
「ずいぶん申触らしまして、大ちやく(横着)な借手をあげま
       せふ。」
 (借手の盲人)「かように申ますからハ、御かへし申といふやうな、
       人外(にんぐわい)な義にいたしませぬ。」
 
(下女)  「これで今朝から、八百廿八までハ数へたが、あとハ覚へぬ。」
 (金箱を担ぐ男)「小鰭(こはだ)(すし)(あじ)の鮨。何ときついか。」

小鰭の鮨、鰺の鮨 金箱を担ぐ男の格好が鮨箱を肩に
 かけて売る鮨屋の姿と同じなので、鮨売りのかけ声を
 真似る。
あてこと 見こみ。目あて。




(三)
 1煤はき時分の切落のごとく、借手の
(いり)ハおちけれども、金蔵は
 百分一も空かず。これでハならぬと、またまた工夫をめぐらしけるが、
 昔より金持の
紙子すがたになるハ、傾城買に如かずと、にわかに
青楼の遊びとこゝろざし、表ハ立派で内証は苦しい、欲の深そふな女郎を
 見立て、初会から
やまぶきを降らし、三百六十日に閏月をそへてのあげ
 つめと、
城の落ちるを楽しみけり。

 
(女郎)「ヱなんとへ、金山さんがちよつと来いとへ。アイ行きいしやう。」
 
(萬々)「福ハ外へまきちらしの。鬼ハ内へ鬼ハ内へ。」
 
(金を拾ふ人)「拾うたがかんじんへ通る所化の僧。」
 
(覗く遊客)「あの金ハ木の葉でハあるめへか。たゞしハ盗みものか。
      どちらにしてもいやな気味だ。」

やまぶき 山吹色の小判。
城の落ちる 遊女を傾城(城が傾く)と云う
 ことから財産を城に見立てて失うこと。

かんじん 「肝心」と「勧進」。
 「拾うたが肝心」を勧進に掛ける。勧進は
 社寺へ寄付を募ることで所化の僧が拾ったも
 のまで勧進してしまうの意。

所化 寺で修行中の僧。
煤はき時分 正月の神を迎えるために、
 屋内の煤ほこりを払い清めること。
 十二月十三日に行うところが多い。

切落し 江戸時代の劇場の平土間の
 最前列。初期には舞台であった部分を
 切り落して見物席にしたからの名といい、
 最も下等の席。
 年末の煤はきの時期は切り落としなどの
 席は客が少ない。
紙子 紙製の衣服。厚紙に柿渋を引き、
 乾かしたものを揉みやわらげ、露にさ
 らして渋の臭みを去ってつくった保温用
 の衣服。
 紙子を着るまでにおちぶれた姿。

傾城買い 遊女を買って遊興すること。
青楼 揚屋(あげや)。女郎屋。



(四)
 
初会の入目、裏約束、三会目の床花、観音のあげもの、
 「桃の節句やあやめふく軒の燈籠、
二度の月」と語りながら、是では
 よつぼど行きつきそふなものと思ひのほか、並にはづれて大金を遣うゆへ、
 
尻でも来ようかと、内所から指図して、まき散らした金を取集め、
  わけもないことぐしぐし言つて、残らずかへす。

 (遊女屋の男)「ソレ御めへさまも、ソレつうとか何とか、ソレよしかへ、
     ところをずつとね、ソレかへる金。ソレよしかへ。へ、、、、。」
 
(萬々)「てめへの言ふ通り、俺もソレナ、ソレつつと、ソレだによつて、
     かへりハかへらふが、金は難渋だの。」
 
(遊女屋の遣り手)「わつちどもも、頂きたうハござりやすが、こんなに御もら
         ひ申やしても、内所でやかましうござりやす。」

(五)
 女郎屋の仕打にぐつとふさいで、夜の明けるを待ちかね帰る。
 途中より駕籠に乗れバ、先に乗りし人の忘れて落せしと見へて、四五百両
 も財布に金が有けるが、めつたな口を聞いたら、又こいつもくゝり付られ
 んと、知らぬ顔をして。

 (駕籠かき一)「私どもハ、荒銭を取りますから、そのやうに頂きますと、
       冥利が悪ふござります。御慈悲でござりますから、モウ
       酒手(さかて)は御めんなされまし。」
 
(萬々)  「ソレでもてめへ、乗る時酒手ハやり次第と決めたから、
      なんといつてもやらねバならねへ。」
 
(駕籠かき二)「棒組、くださらぬやうにお願い申しやれ。」

観音のあげもの 娼家や遊女が浅草観音
 (浅草寺の通称)へ奉納するものの費用。
二度の月
 八月十五夜の月見と九月十三夜の月見。とも
 に江戸吉原遊郭の紋日で、この日に遊女を揚げ
 る客は、片月見(どちらか一度だけですますこ
 と)になるのを忌んだ。
尻が来る 事の解決に当らされる。
 とばっちりがくる。

初会 遊里語。客が初めてある客を相方と
 すること。

入目 費用。
裏約束 初めて遊女を買った時、もう一度
 来るという約束。

三会目 遊里で客が同じ遊女に三度目に
 会うこと。これからを「馴染)」という。

床花 馴染になったしるしに、床で遊女に
 与える祝儀の金。




(六)
 萬々ハさだめの場よりおりて、江戸節など語りながら行き、後から以前
 の駕籠かき、駕籠の中に落ちてありし金を持つて追つかけ、無理無体に
 おつ付るゆへ、いろいろ言い分けをすれども聞入れず、のちには喧嘩と
 なる。
 (駕籠かき一)「いらねへといふなら、しやつ面へぶつ付てかへれ。」
 
(同二) 「正直なことをいへば、人がこわがると思つてけつかるか。」
 
(萬々) 「知りもせぬものを、人に言いかけをする。細いやつらだ。」
 
(七)
 今年ハ世の中も穏やかなれバ、沢山米の買置をして、下りを見て売りは
 らひ、損をせんと思ひ付、手代どもへ言い付、諸国の米を買置をする。

 
(手代)「常陸や磐城の水ある混じり(米)を両に五升で買置きました。」
 
(萬々)「その相場なら、美濃や尾張は二三升ぐらいの事だろう。
     なんでも
働いて高く買つてくやれ。」
 
(萬々の妻)「これで金蔵もちつとせきができやう。うれしやうれしや。」


働いて  工夫して




(八)
 博打を打つと身が持てぬといふことを聞いて、これ
究竟(くつきよう)
 と大ぜい
鉄火打をあつめ、四割八分を七割ぐらいにして胴をとり、
 はらひかけけれども、因果と張りがかたつつりになつて、あき目へ
 あき目へと出でけれバ、したゝか胴へ引ゐて、存じの外もうける。

 
 (萬々)「ちつと請けつこといつて、だれぞ手を出さつせへ。
     気のきかねへ。」
  
(博打一)「だいがぴんで、ひつきりがソレ六だ。よしか。」
  
(同ニ)「この博打ハ一から六まで張れバ損ハねへが、そふいふ
      張りハみんなきらいだ。」
  
(同三)「このやうないめへましい夜盗博打ハねへ。一番もうけねへ。」
 
 (萬々の妻)「旦那はどうだ。よさそふか。それではまた御機嫌が
       わるかろう。」

究竟 きわめて都合のよいこと。 鉄火打 ばくちうち。博徒。



(九)
 するほどの事が間違ひけれバ、世の中には
富で身代をしまふもある
 から、さらバこれからつけて見んと、その身は勿論、手代どもまでに
 言い付、
見徳(けんとく)の悪い夢をいくらも買い、無性に札を整へる。

 (手代一)明神の百枚も天神の五十枚も、一ツ目の七十枚も、感応寺
     の五十枚が五十番ながら、みな当りました。一から止めまで、
     ありたけ出ました。一枚も無駄ハござりませぬ。」
 (萬々)「ほんに当る因果なら、花ばかりでおけばいゝに、一まで
     とるとはあんまりだ。」
 
(手代二)「私どもが不働き、申上やうもござ(り)ませぬ。」

(十)
 此上は盗人にとらせるよりほかはなしと、蔵より金を取出し、家を開け
 ばなしにして、夫婦は勿論、手代・下女・はしたまで、いづくゑか出ゆく。


 
(萬々)「出入りの不自由にないやうに、家尻をバ大きく切りやれ。
     そして金は取りやうに、まとめておくがいゝ。」
    「まんまと盗人がくれバいゝが。」
 
(手代一)「これをしまつたら、盗賊よけの守をひつぱなしておこふ。」
 
(萬々)「アヽ間があるなら、荷ごしらへをして、かつぐやうにするといゝ。」
 
(手代二)「金蔵の道々へハ、まき散らしおきました。

 花くじのこと。
 当たりくじ以外でいくらかの金銭がもらえる
 くじで、残念賞のようなのも

富 富くじ。
見徳 富くじのこと
明神 神田明神

天神 湯島天満宮。




(十一)
 案のごとく、盗人大勢入りは入りましたが、あまりの大金ゆへ、持ちだす
 工夫や荷ごしらへに手間どり、夜もほのぼのと明けけれバ、取ることは
 おゐて、よそにて盗みし金箱・衣類・道具まで、持って出にくくなりしや。

 
(萬々の妻)「よもやモウ盗んで帰りましたろう。御帰りなさりませ。」
     夫婦が帰りし声を聞くと、その身ばかり、足をはかりに逃げてゆく。
 
(盗人)「それたからマアちつとばかりでも取れバよかったものを、脇で
    盗んだのまで置ゐてゆくとハ、
長者の脛へ味噌をつけた詮議だ。」

(十二)
 兎角思ふやうに金でもへらねバ、またまた思案し、京大坂から大和めぐり
 と心ざし、道々も費へを考へ、一日に二三里ぐらひづゝ、ふらりふらりと
 行きける。

 
 (手代)「てうど金川泊りでようござりませう。」
 
 (萬々)「かな川ハ金の縁がうるさいから、日高でも、川崎へ泊ろふ。」
 
 (馬子)「比用(様?)(に)お金をつけると申ハ、馬のために御きとう
     になります。四五十里も、たゞ御負わせなされて下さりませ。」

金川 神奈川。
長者の脛(はぎ)に味噌をぬる
 あり余った上にさらに物を加えること。




(十三)
 萬々先生ハ、よき序でなりと江の島へ参詣し、また金のいる慰みを思ひ
 つき、漁師ども一様の揃ひのゆかたを染めて着せ、地引をさせしに、
 案の外、海川へ廃れる金銀、魚にまじりて夥しくあがりしゆへ、
 心ならずもまた金が増へて困りける。

 
(手代)「モシあれバ、金なら江の島金蔵と名づけて、蔵を建つていれて
    おくがようござります。」
 
(萬々)「この景色ハ日本だ。しかしなんだか、いや味な光がさすぜへ。
     またゑて物でハねへか。うるさへこつた。」
 
(漁師一)「先からもつと、づつつとあびかつせへ。」
 
(同二)「ヤイヤイ□□□かいに、ばちばらつた。」

日本だ (江戸時代の流行語) 日本一。最上。




  
(十四)
 この頃大雨ふりつゞき、川々もつかへけれバ、しばらく旅宿に逗留の
 うち、この大荒に、買い置ゐたる米一度に値があがつてもうけたる由、
 書状つきける。
 
 
(萬々)「これハ又とんだ事だ。あがり目が見へたなら、売らずに
     おけバ、ヱヽに、又俺にふさがせる。」
 
(手代)「御尤もでござりますれども、先々から金にいたして突付けます
    から、致しやうがござりませぬ。」
 
(萬々)「こばんだものだ。困つたものだと聞へるか。」

(十五)
 所詮一通りでハ身代もまわるまじと、ぐつと智恵をめぐらし、三保の
 松原の松を掘らせ、江戸までの運賃かれこれ、この入用でハ、よもや
 金もなくなりそふなものと、先づ大勢請負人をあつめ、
入札(いれふだ)
 をさせる。

 
(萬々)「なんでも高い方へ落すから、□□□い、つがもなく高く
     □□りやれ。」
 
(請負人)「□□□□□□□、随分□□□□□、□りました。」




(十六)
 
 翌日早朝より、金にあかして地を買い、人夫をあつめ、あまたの松を
 掘らせけれバ、中より石の
唐櫃(からうど)を堀りだし、あけて見けれバ、また
 金ゆへ肝をつぶして腰がぬける。

 
(萬々)四百四病の病より、金ほどつらいものハない。おれはマア
    どうした因果で、このやうに金に 縁があるか、あやまり入つた。」
 
(手代)「ホンニ、金のあるのハ、首のあるにハ劣つたことだ。」
 
〈人夫一)「まだまだこんな唐櫃が、二三百もござります。」
 
(人夫二)「石の唐櫃で百万両取つたやうな面をして怠けずと、てめへも
     行つてあとを担いで来やれ。」
四百四病
 「しひゃくしびょう」の病より貧ほど辛きものは
 無し
貧乏ほど辛いものはないと強めていう。




(十七)
 萬々は腰がぬけてより、もつけの幸、ものを入れて養生せんと思ひの
 ほか、けろけろと治りけれバ、最早わが運もこれまでなりと観念して、
 わが家へ立帰り、ちと古けれど、金々先生の先覚の通り、蔵の金銀を
 残らず取出し、海中へ捨てさせる。

 
(金をかつぐ人)「まだ奥の蔵の三十戸前が、手がつかぬ。みんな稼ひで、
        捨てた捨てた。」
 
(萬々) 「今まで、かねに恨ミが数々あつたが、のふのふとした。」
 
(萬々の妻)「残らず捨てたら、あとへ塩花をふらせませふ。」
 (金をかき集める人)「コレコレそこらへこぼれぬやうに捨てさつせへ。」

塩花 不浄を清めるために、ふりまく塩。




(十八)
 (金のうなる声)「ウンウン。」「ウンウン。」「ウンウン。」
 (屋根の人一)「金のうなる声をはじめてきいたが、なるほどウンウンと
       いふの。」
 
(同二)「黄金がまじつてくるハ、旦那ハ大ごんまりだろう。」
 (金のうなる声)「ウンウン。」「ウンウン。」「ウンウン。」
       「ウンウン。」
 
(屋根の人三)「無性に焼味噌をやかせるがいゝ。」

 ありたけの金銀残らず捨て、今ハ心にかゝる雲晴れたりとよろこぶ
 折りから、捨てたる金銀一かたまりになりて、空中へ飛上がれバ、
 この勢にひかれて、世界中の金銀一緒に集まり、萬々が金蔵(かねくら)さして
 飛来るハ、目もあてられぬ次第にて、家内の者どもを金蔵の屋根へ
 あげて、金玉(かねだま)を防がせる。


焼味噌 味噌を杉板などに塗りつけて遠火であぶって焼いた
 もの。
 俗に焼味噌を作ると金が逃げるといい、ぜいたく視された。




(十九)
 捨てたる金銀、世間の金と一かたまりになりて、倍増しになりて、
 飛びかへりけれバ、今ハうちにも立ちきりがたく、夫婦もろとも出奔
 して、野山も分かず歩きしところへ、先に借りたる人々、今ハ金持と
 なり、借りたる金に利に利をそへて持ちきたり、無理無体に返済せんと

 1
辰巳あがりになり、金をおつつける。

 (萬々の妻)「ホンニ金持の女房にハ何がなるか。
 (萬々) 「置きどころのない金ハ、逆さにして振つても、置きどころは
      ござらぬ。」
 (返済の人一)「元利そろへて御宿へ返済にまいつたら、ちやんと留守を
       つかわつしやるから、これまで追つかけて参つた。」
 
(同二)「わしらハ御陰で、□(金)持になりました。その恩を忘れさせう
     とハ、ふとい人だ。」
 
(同三)「御受取りなされずハ、公辺(こうへん)に致して御返済申す。」
 
(同四)「なんでもうちへ引きづつて行つて、金を皆くゝし(くくり)
    付るがいゝ。」

公辺 公沙汰。 辰巳上り かん高い、調子はずれの声で話すこと。
 また、荒々しく、粗野な調子で話すこと。




(二十)
 そののち夫婦ハ心をあらため、わが家へ帰りハ帰へつたれど、金で居所の
 なき程、めでたく迎ふ春の、
はるい趣向も御笑ひくさぞうしと、
                       御はづかしく。

                            唐来参和 印
                            千代女 画

くさぞうし 「くさ」を上下にかけて
 「お笑い種」となるような「草双紙」。
はるい わるい。
 上の「春」に
語呂を合わせた。





黄表紙 金々先生栄花夢 恋川春町著・画 (絵双紙屋)


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