2020/3/3 改訂

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  絵本譬草  (えほん たとえぐさ)
   上巻   
二巻二冊
 宝暦二年(1752年)刊 

    石川豐信画 江戸須原屋彌治兵衞等
   

 原データ 
東北大学付属図書館狩野文庫画像データベース   

 絵本譬草(下巻へ) 


                  
                    解説
  
 画は江戸中期の浮世絵師石川豊信(1711~1785)。別称西村重信・秀葩(しゅうは)とも。西村重長の
   門人。漆絵・紅摺絵で抒情的な美人画を描き、鈴木春信に影響を与えた。
   石川豊信は本ページで掲載している「絵本明ぼの草」「
教訓喩草 絵本花の緑」の絵師
   と同じである。
   
   絵本譬草は
見開き両面に挿絵と短い詞書きを添えて、色欲、だまされる人、名人と呼
   ばれる人、女の容貌、酒、傾城、女子の育て方、狐疑、
と酒等々二十一の教訓と処世
   術を分りやすく説いた絵双紙。
 
   翻刻に関して福岡県の松尾守也氏にご協力を戴きました。厚く御礼申し上げます。
 
  


  絵本譬草




 




 絵本譬草




(1)




(2)
 (草紙洗い小町〉
(よろづ)の事。わが力をもつて。仕課(しをゝせ)たると、うれしくて。人に

語れバ。聞人(その)功を(ぬすミ)。我仕出したると。世間へ流布するハ。

何事によらず。ねだく腹のたつもの也。されバ小町が歌を

ぬすまれし。心中(をも)ひやられ(はべ)りぬ

*し‐おお・せる(為果せる)(しおほ・す)
   なしとげる。
ねだく 妬く いまいましい。
*小町が歌を盗まれ 
 能の一。内裏の歌合に小野小町の相手となった大伴
 黒主が、ひそかにその詠歌を盗み聞いて万
葉の草子
 に書き込み、当日その歌を古歌だと主張して難ずるが、
 草子を洗うと歌は消える。 草子洗小町・草紙洗小町。


(3)
 
(色欲)
色欲の人を惑し。(とら)かす事。和漢ともに。其数すくな

からず。国をほろぼし。家をくつがへす事。高きもいや

しきも。智あるも。愚なるも此まどひ也。されば久米の仙人

通力を得たれども。女の(はぎ
)の白きに。通力を失ひしとなり

*久米仙人 俗に久米寺の開祖と伝える人。大和
 国吉野郡竜門寺に籠り、仙人となったが、飛行中吉野
 川に衣を洗う若い女の脛(はぎ)を見て通力を失い、墜
 落した。都造りの材木運びに通力を取り戻し、賞に免
 田三○町を得て久米寺を建てたという。
 今昔物語集・徒然草などに出る。
 
絵本徒然草(八段)参照HP絵双紙屋

*蕩かす (とらかす)迷わせて本心を失わせる。 


(4)
 
(世渡りは気配り)
世わたりの道多き中に。金銀ゆたかなる人は。いふべく

もなし。貧にはこなたより。到来れる物を。彼方へ遣りて。今日

を送る。是を虎の子わたしと云。かゝる(さかしき)にも女は心を(たしむ)べし

世渡りは草の種 生計を立てる道は草の種のように
 多くある。


○虎の子渡し 逸話:「癸辛雑識-続集下」 
 虎が三匹の子を生むと、その中には必ず彪
 (ひょう)が一匹いて、他の二匹を食おうとす
 るので、親はまず彪を背負って対岸に渡し、次
 にもう一匹を背負って渡した帰りに彪を背負っ
 て戻り、残りの一匹を渡したあとで、また彪を
 背負って渡る。 
 出典:癸辛雑識(きしんざっしき) 史書。

 苦しい生計をやりくりするたとえ。次々手渡す
 こと。

 *挿絵の衝立は虎の子
  渡し図。



(5)
  (だまされる人は多くは
     自身に問題あり)

狐狸に化さるゝ者。多くハ不徳の虚人(きよじん)なり。是、内に守

なく。邪気其便(たより)を得て。道々に変じ。種々の物を与へ。(くらハ)しむる

を。世の常の菓子果物と思ひ。是をくらふ事。無念ならずや


*狐狸 どちらも人を化かすといわれることから、
 くせもの同士の意にいう。

○狐といたちは人の眉毛を数える
  (眉毛を数える)は本心を見抜く意。
  狐とイタチは人の心を察知し、だます。

*虚人(きょじん) 中身のない人。
 精神がしっかりせず、ぼんやりしている人。
*邪気 もののけ。邪鬼

*挿絵は川端で食事を恵んでもらう男とやさしそう女達。
 女達の着物の裾には狐か狸のしっぽが生えている



(6)
 
(はじめから名人なし)
名人と呼るゝ人。始より妙を得る事なし。執行(しゆぎやう)の功により

其道をさとり。名人となるなり。小野道風筆道のさとりは

庭前(ていぜん)の柳に蛙の飛付を見て。さとりをひらき給ふといへり


*執行(しゅ‐ぎょう) ここでは修行の意か。
小野道風(おの‐の‐とうふう)(名は正しくはミチカゼとよむ)
 平安中期の書家。篁(たかむら)の孫。醍醐・朱雀・村上の
 三朝に歴仕。若くして書に秀で、和様の基礎を築く。
 藤原佐理(すけまさ)・藤原行成(ゆきなり)と共に三蹟と称。
*逸話

 道風はあるとき柳の垂れた枝に飛び付く蛙の姿を見て、
 努力さえ続ければ必ず目的を達することができると思い、
 書芸の道で努力に努力を重ね、ついに日本三蹟の一人と
 なった。 古川柳に「蛙からひょいと悟って書き習い」



(7)
 
(武勇の優れた美人には用心)
女ハ容貌(かたち)(たを)やかなれば。男にまさる力量の有べき者に

あらざるに。むかしを聞バ顔かたち(うつくしふ)して。力量勝れたるハ

常の人間に。有まじければ。心をゆるすまじきなり

*挿絵は巴御前のことか。
 巴御前 (1)平安末期・鎌倉初期の女性。
 木曾の豪族中原兼遠の娘。
 今井兼平の妹。武勇すぐれた美女で、源義
 仲に嫁し、武将として最後まで随従。
 夫の戦死後は和田義盛に再嫁し、その敗死
 後、尼となって越中に赴いたという。生没年未詳。



8)
 (酒は飲むとも飲まれるな)
酒ハ百薬の長として。唐土(もろこし)人は酒徳の頌を作り。徳をあげし

事多し。心乱ざる様に。飲よと教給ふ。初は人、酒をのむ。半は酒

が酒をのミ。(はて)ハさけに呑るゝもの多し。(たわ)(をんな)


(とも)などに出なば。たしなむべき事なり。油断あるべからず

*酒徳の頌 
 劉伶(りゅう・れい) 西晋の思想家。江蘇沛の人。字は伯倫。
 竹林の七賢の一。志気曠達、酒を好み、「酒徳頌」を作る。
 建威参軍となり、献策して無為に化すべきことを説いたが、
 無用の策として斥けられた。
*たしなむ(嗜む)広辞苑から次の意か。
 (4)心をつけて見苦しくないようにする。とり乱さない。
 (5)つつしむ。遠慮する。我慢する。

○酒は百薬の長[漢書食貨志下] 夫(そ)れ
 鹽(しお)は食肴(しょくこう)の将、酒は百薬の
 長、嘉會(かかい)の好なり。
 適度な酒はど
 んな薬にもまさる効果があるという意。

○始めは人酒を飲み、中頃は酒が酒を飲み、
 終わりは酒人を飲む飲酒の慎しむべきことという。


(9)
 
(遊女とのつきあい方)
情を商ふ傾城も。それぞれのたのしミハ。有べき事なれば

客の(かた)より。あながちに。()くづき事にあらず。しかるときは

命にも及ぶ事到来るなれば。深くまよわぬが。通り者ならめ

○卵の四角と女郎の誠 あるはずのないたとえ。
○傾城の誠と玉子の四角なのはない。

○傾城の涙で庫(くら)の屋根が漏り 
 遊女の涙にだまされてとりこになり、家や財産を
 失う。
○傾城の胸は嘘の入れ物
 遊女の言うことはうそが多いことをいう。



(10)
 (女児の育て方)
女の子ハいとけな(幼)きより。仕官(ミやつかへ)させ。他人の中にそだつれば。

をのづから親の恩をも知るものなり。不便
(不憫)の余りわがまゝに

(そだつ)れバ。中々年長(としたけて)。おやの手に持あますものとぞ



 



(11)
 
(猜疑心はやめよ)
うたがひ深きと云ハ。ねじけたる人に有る事也。影言(かげごと)をもいふ

やと。立聞する心より。いろいろの空見(そらミ)も。出来るものなり。さ

あれバ。(をんな)(さが)なき。ありさまをも。見出すときハ。たの

しみも(かく)るなれば。たゞ狐疑(こぎ)をやめよとなり


 さがなき  たちがわるい。
 狐疑の心(こぎのこころ) 狐は酷(ひど)く疑い深い動物
 であるといわれるところから、何事に対しても疑い深く、
 怪しむような性質のこと。 狐疑心。猜疑心



(12)
 
(心の鏡を磨く)
人の大切にすべき宝は鏡なり。人を以て鏡として得失

をあきらむべし。(それ)人生れながらにして。知あるにあらず。皆人

のする事を見。人の云事を聞て。我も其わざをなすなれば。たゞ

善事を見聞て。善人と成べし。かりにも悪事を見聞べからず



*得失 長所と短所、善と悪など。
○鏡明かなる者は塵垢(じんこう)も埋(うず)む能わず  
 磨かれた鏡がけがれによって曇ることのないように、心の美しい人は
 欲望などの汚れによって心を乱されることがない。

○鏡と操は女が持つもの  女性にとって大切なものを述べたことば。
○鏡が曇ると心が曇る



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