2020/3/3 改訂

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絵本譬草 (えほん たとえぐさ)  下巻
   
 宝暦二年(1752年)刊


      石川豐信画 江戸須原屋彌治兵衞等


原データ 東北大学付属図書館狩野文庫画像データベース

  

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絵本譬草  下巻




(1)




(2)

(風雅はいたるところにあり)
田舎に京ありと。ふつゝかなる中に。風雅も有るなり。

おそろしき猪も。臥猪(ふすゐ)といへばやさしく。樵夫(きこり)のうた。牛飼(うしかふ)(わらハ)

も笛を楚々(そゝ)
ふけバ。風雅の感情(かんせい)あるがごとし

*ふつつか(不束) やぼったいこと。
 臥猪 ねているいのしし。
絵本徒然草(第十四段)参照 (絵双紙屋HP



(3)

生業(なりわい)はさまざま)

鮑魚(ほうぎよ)(いちくら)に入ものハ。其(くらき)を知らずといえり。あやしの(しづ)

経営(いとなむ)。かづきする海人(あま)のわざを見れば。心身安からぬ事のミ

多しと思へど。馴しわざにや。外より思ふとハ。違ふことのなるんか
 ○鮑魚の肆(いちぐら )[孔子家語六本「与不善人居、如入鮑魚之肆」]  
 *不善の人、小人などの集まりを塩漬の臭い魚を売る店にたとえていう。
  かづき(潜き)
水中にもぐって貝・海藻などを取る。
 万十一「伊勢のあまの朝な夕なにくとふあはびの貝の片思(もひ)にして」




(4)
(学びは不器用でも努力で
   身に付く)

物をまなふに。覚る事のはやき人あり。遅きあり。(かならず)器用

バかりにて。まなぶ事うすき内は。わするゝにも早きものなり。

ぶ器用にて(たび)をかさね習たるハ。器用にも増るゝものなり

○器用貧乏 なまじ器用なために、あれこれと
 気が多く、また都合よく使われて大成しないこと。
 重宝がられる)

○早合点の早忘れ 早のみ込みは当てにならないこ
 と。
○早かろう悪かろう
○大器晩成 [老子第四十一章「大方無隅、大器晩成」]
 鐘や鼎(かなえ)のような大きな器は簡単には出来上が
 らない。人も、大人物は才能の表れるのはおそいが、
 徐々に大成するものである。

 
 




(
5)
(女は身だしなみが大切)
女ハさかりのすくなき者なり。其程過ぬれバ。形容(かたち)にも

かまハず。人にも(あか)るゝものなり。老さらバへる者をも。笑ふ

まじきもの也。我身も(つい)には。おとろへるならひなり

花の色は 移りにけりな いたづらに 
      我が身世にふる ながめせしまに
 
  (
古今集 巻二 春下 113 小野小町
 女の容色は花の色のように衰えやすいものという。



 
(6)
 (人の心は移ろいやすいもの)

うつり安きものハ人の心なり。色も見てハ情欲を愛し

砂糖を見れば。甘からん事をおもふ。されば歌に

心こそ心(まよハ)(かすミ)。心の駒に手綱(たづな)ゆるすな

○色見えてうつろふ物は世中の
    人の心の花にそ有りける 
  古今集 巻十五 恋五 797小野小町
○つなかれぬ心の駒もおとろへき
   恋ちさかしく遠き月日に 
   草根集 春 08218 正徹
○女心と秋の空
○女の心は猫の目

*心の駒 心の馬 (「意馬」の訓読) 情意の制し 
 がたいことを馬にたとえていう語。



(7)
(淫らとお酒は注意)

婬酒(いんしゆ)のふたつハ。人としてたしなむべき事。まして出家沙門の身

ハ。いふも更也。されバ一角仙人が通力にて。龍神を封じ。雨を

降らさぬ事久しけれど。道にまよひ来たる。をんな有て。酒を

すゝめ。一角仙人をはかりし。其ためしあり



*一角仙人 インド波羅奈国の山中で鹿から生れ、頭に一角
 があったという仙人。
 長じて禅定を修して通力を得、国王に恨みを抱いて雨を降ら
 さなかったが、国王の遣わした淫婦に惑わされて通力を失い、
 雨を降らしたという。

 




(8)

(子育ては環境善き友が大切
おさなきより能友(よきとも)に。したがひ遊べば。よき(わざ)をも学ぶ也。

あしき友には。もとづきにるもの也。孟母の三遷。人の知れる

ところ。麻の中に(よもぎ)(うや)れバ。(ため)ずして。直しとかや


○孟母三遷  諺。〈故事〉環境が子どもに与える
 影響を考えて、孟子の母が三度住居を移して孟子
 の教育につとめた故事。墓地近くに住むと埋葬の
 まねをし、市中に移ると、商売のまねをしたので、
 学校の近くへと移転した。〔列女伝〕

○麻の中の蓬(よもぎ) 諺。[荀子勧学「蓬生麻中不扶而直」]     
 まっすぐに伸びる麻の中に生えれば、曲がりやすい
 ヨモギも自然にまっすぐ伸びる。人も善人と交われば、
 その感化を受けて善人となる。




(9)

(掃除、客、女中への気遣い)
人の家居は常々掃除肝要なり。何時客は有まじきに

あらず。かねて、(まふ)けし客などは。猶更也。(ちご)女中など(うく)るときは。

程々(ほどほど)冥応(もてなし)有べき事也。能々(よくよく)心を(もちゆ)べき事なり






(10)
 (猫又)
風に激して浪をおこす。水に浪といふことのなけれども風の

ために起す物也。ある所に猫また出ると云ならハせり。ある臆病(をくびやう)

法師。日頃飼乞(かいこう)犬の。飛付(とびつく)を「助けよ
2猫魔(ねこまた)」と。わめきしなり


*飼乞 (かいこう) 飼養(かいかう)ふ 
 餌を与えて養う。

*猫股・猫又 猫が年老いて尾が二つにわかれ、よく化けると
 いわれるもの。
 徒然草「奥山に猫又といふものありて」

 
絵本徒然草 (第八九段)猫股参照 (絵双紙屋HP)



(11)

 (憶病は気よりおこる)
我好方(わがすくかた)には。(くらき)にもおそれず。あるく人有れば。臆病と言ハ。惰弱

よりをこるか。生質(むまれつき)にて。事由(ことなり)をおそれず。鼠をきらふ。人はさまざま

有るもの也。大かたハ。気より臆病もおこるものなれ。をのれが

身に。あやまり有る者ハ。十歳の少女にもをそるゝものなり

事由(じ‐ゆう)ことの理由・原因。
○臆病の自火(じか)に責めらる
 臆病なため、こわがらなくてもよい事まで恐ろしがっ
 て苦しむ。
○臆病神に取りつかれる(引かされる)
 

○臆病者は義理知らず 臆病者は何か困難なことがある
 とすぐ逃げだし、なすべきことを果たさないため、結
 果的に義理を欠く。




(12)
  画図  石川豊信
  彫刻  佐脇圧兵衛

宝暦二年 
  申正月吉日


   大坂心斎橋安堂寺町
      大野木市兵衛
   江戸日本橋壹丁目
      須原屋茂兵衛
   同 四日市
      須原屋弥治兵衛


  
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