2022/3/1

改訂

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浮世双紙・浮世草紙・浮世草子

好色咄 浮世祝言揃 五巻のみ


(こうしょくばなし  うきよしゅうげんぞろえ)

Ukiyo syuugen zoroe [picture book]

   元禄三年 (1690年)

 原データ 東京大学付属図書館霞亭文庫

(画像は公開されていません)
 


 
     解説
 「国書基本データベース」には浮世祝言揃六巻六冊。吉田半兵衛作・画 ?元禄三刊
 とある。六巻六冊中、東京大学付属図書館霞亭文庫には五巻のみ所蔵。
 吉田半兵衛について「国書基本データベース」には二十三冊の著作が記載されていて
 「自著作・画」又「画」吉田半兵衛の本も多いことから絵師としても活躍したと思われ、
 この浮世祝言揃の画もあるいは吉田半兵衛が描いたかも知れない。
 五巻二話に著者名は記されていない。
                             
 「好色咄 浮世祝言揃」五巻から次の二話
   九 音さへゆかし若か鉄槌かなづち 付つけたり 合すればあふ乳母の仕合
    十 情は重し敷金しきがねの箱 付つけたり 恋ははなれぬ腰元の仕合
  を古文書研究家椿太平氏による翻刻文でご紹介します


 凡例
    濁点を適宜補いました。
    句読点は原文のままを表記しました。が一部「、」と加えて分り易くしました。
    会話の部分については「 」をつけました。
    改行は原文のままにしました。
    判読出来ない個所は□にしました 

     
    
   
 (一丁オ)

   好色咄 浮世祝言揃い 五


 
         
 (二丁ウ)

   
浮世祝言揃巻五
  九 音さへゆかし若か鉄槌(かなづち)(つけた)合すればあふ乳母の仕合

   縁ハおかしき物じやよの。いな物.。といふハ。いかにも恋の。まん
   中よりいひ出せし。こと葉の露の。ぬれ深き唱歌ぞ
   かし。げにも都の人が。江戸に妻をさだめ。
播磨(はりま)の男が。京
   にありつきて。*
鍋尻(なべじり)(やけ)バ。嵯峨(さが)と大坂の者が。夫婦に成
   など。又ハうつくしき女房の。かはゆらしきに。あほうかたぎの
   りちぎ一遍の男がそひ。ひたいつきりんと敢て。いづこの
   むこにしても。はづかしからぬ。ものよふいふて。りはつ才覚なる
   男が。見られぬ女に。そひつれて。しかも中よく。子どもあまた
   に産せ置て。夜のさいくの。うときとも。いはれぬあり。是をお

 *鍋尻を焼く 結婚して世帯をいとなむ。
   

 (三丁オ)

   
もへバ。とかくさだまりたる。えにしにぞ。恥かしけれ。今ハむかし
   なにわのある方に。家まづしき大工あり。上手にハあらぬ下手
   のきこゑありければ。やとハるゝ日もまれに。一年中を
(なかバ)あそび
   て。
(しぎ)たつ沢の。秋のゆふべにハあらぬ。春も夏もさびしく
   あれバおのづから。道具箱は。ほこりにうづミ。のミ、
(かんな)も。いつ
   といだやら。墨つぼは。かハひてかたく。折々の*
馬下駄(むまげた)、硯箱
   あるハ。
火燵(こたつ)のやぐらを作りて。世をわたるたつきとぞしける。
  
 されば此男。いかなる(ぜん)世のゐんえんにや。一物(いちもつ)ふとくたくましく
   て終に根迄のほゐを。とげたる事なく。たまたま女に出あひ
   てもがりきハにて。らち明させてそれよりふかうハ。いかないかな。お
   もひもよらず。ことにすぐれたるすき人にて。かりそめにも。ひと

 *馬下駄 駒下駄。昔は庭ばきに用いた。





(三丁ウ)

   つふたつ物してハ。こらへずなんありければ。としの比
四十(よそぢ)の上を
   よむ迄。女房あまたによびむかへたれど。居とゞけるものなく
   とし月をやもめ
(ずミ)にて。暮しけるぞわびしき。ある日家
   主どのより。つくり普請のことにやとはれ。隣の
虚屋(あきや)に。
   むしろ打敷。のミ打しけるが。日比の道具なれば。刃もなく
   てきのどくさ。
青砥(あをと)引よせ。かいつくばいて(とぎ)かゝる。其折ふ
   し此内に。
三十(みそぢ)余の御姥(おうば)の在けるが。心さまいたうやさしき
   おなごにて。夏の空のあつさ。日もすがら。大工どのゝいたハし
   やと見まひ。御ちやにてもしんじませうと。立やすらひたる
   が。此大工おぼへず。もすそのまくれあがりたる。すきまより。例
   の大きなる一物が見て。のミとぐひやうしに。ぶ□□□□。う

(四丁オ 四丁ウ 挿絵)
 


(五丁オ)

   ごき出たるさま。よのつねすぐれて。見事なりければ。是に心
   うかれ帰るさを忘れ。ながめ入を。大工尻目にかけて。さてハ
   此女。我が一物におもひしミたるよと。すいしければ。あはれよ
   いしゆびや。今あき家に。人めの関も見へず。すき間もあら
   バ。おしふせんと。思ひきざしける程に。かの物大きに。すぢ
   ふとく。いかり出て。馬か人かとあやしく。我ながらおそろしき
   迄(までに)おえたちたり。此いきほひ。はりきるやうにおぼへて。かん
   にんならず。いかゞはせんと。案じわづらひしが。ふとおもひ
   付て。「もしおうば殿。ちか比。りよぐわひながら。かたびらのす
   そが。ほころびましてごさる。申かねたれど。ぬふて下され
   ませかし」といへば。「
(さて)やすき御こと」と。ふところより。糸はりなど

   

   

(五丁ウ)

   とり出し。立よるを。物もいはずに。手をとりて。かの物を。に
   ぎらせたれバ。「はてわけもなひとハ」。いひながら。其心ちよ
   さに。前後を忘れ。もゝ尻になる。おとこもたよりよしと。
   うれしく。やがて障子のかげへをしふせ。帯もとかずに。
   かいまくりあげれば。「人が見ませうに。是わるひ事ばかり。あゝ
   しんきや。のかしやんせ」と。しのびごゑにいひけれどげにハ
   心もいな物に。むねの内ときときとなりて。やるせなく。ひた
   物持上けるぞ。くせものなる。さても此うば。としはいハ。まだ三
   十あまり。色白く。ほつそりすハりの柳ごし。髪すこしちゞミ
   て。其味もおもひやらるゝ。せい高からぬ。小女房にてありけれ
   ば。何としてかハ。我が一物をうけんと□□□□


      


 
(六丁オ)

  ぬとおしこむに。そりや。人音(おと)よく。おどろき□□□□
  めが戸にて爪とぐもおかしく。又とりかけさしこめバ。かなし
  や。人のはしる音。是ハならずと起あがれば。おのが羽かぜにお
  どろきて。心とさハぐむらすゞめなり。今ハよしや。見つけられ
  たら。それからそれ迄。*わざくれよと思ひ切て。
(なかば)つつと。お
  し入たる。はじめの程ハよほど。きしみて。女ハかほを。しかむる
  ほどなれど。此間にうるほひて。ながれ出るお露の。ぬれぬれと
  なりて。しつくりとよいかげんどふもいへず。うばも是ほど成
  物に。
(つゐ)に出合し事なければ。其よい心何にたとへん。日
  本国が。へその
(もと)へ。あつまるやうになれバ。かミつき。すいつきな
  どして。いのちかぎりにもミあふ時。今こそハ。誠の*久七めが。「大
 *わざ‐くれ ええ、ままよ。どうでもなれ。
 *久七 江戸時代、下男の通称。



   
(六丁ウ)

   工どの昼めし」とよばハる。あの恋しらずよと。うらむるもかひ
   なく。其わけなかばにたてゝ。立わかれゆく。さりとハ。此のこ
   りおほさ。大工ハ。今のふうミ忘れかねて。
(よろづ)仕ごとも。手につか
   ず。うかうかとおもひとぼけて。日をくらし。星見る比にやうやう
   道具かたよせ。帯しなをし。帰りなんとする所へ。例のお姥
   又きたりて。「此日のくるゝに。はやう。しまひハ。さしやらひて」と。云
   もうれしく。手をとりてひけバ。其とほりもの。やがて障子
   のかげにころぶ。隙をとらば。人をや来んと。心せかれ。なに
   かなしにおしふせ。つばきたつふりと。ねやしかけて。ぬつ
   といるゝ。さても此うば。*おさあひをそだてて。五とせの内。その
   いき物道。たへて。とほりたる事なく
癬様(かゆきやう)におもひわぶる。折

 *おさあい 幼児

     

(七丁オ)

   から。昼のわけに。玉門ハほかはかと熱気し。わきかへりて。とり
   乱したる所を。ゑしやくもなく。無二無三に。上下左右をあいし
   ろふ。おとこハ。是迄に玉ぐきを入たる事のはじめなれバ其
   うまさ。命をとる斗(ばかり)。*小女房と。小ぶくろとハ。入て見よと
   いひける。古ことも思ひあたりて。いかなるゐんぐわのむくひに。かゝ
   るよい目にハあひけるぞと。うれしがれば。女のかたにも。よのつ
   ねの物にてハ。ことたらはぬやうなるに。此いぶせき玉ぐきに。こ
   すりまはされて。得もいはれず。のちハすゝりあげあげ。しのび
   音にのふのふと。よろこびけるぞかたじけなき。男、女に。さゝ
   やき「我が一物をよく心ミ給へ。つゐに根迄とゞかして。うけたる
   女今迄なし。いかゞはせん」といふに。女手をやりて。(なかば)入たる跡

 *小女房と小ぶくろ 小袋と小娘。諺。

      


 
(七丁ウ)

   をにぎりて見れバ。まだつねの人の持物ほどぞ在ける。いたうおそ
  ろしながら。此心ちよさ。かんにんのなる物かハ。「皆入て下さんせ」ともだゆ
  るに。ずつと根迄とゞかすれば。女ハしきりに声をふるハし。手をちゞ
  め。足をのべて。更に人心ちもなく。
(しばし)我互(たがいたがい)に別れ帰りしが。此
  後ハ男の宿へ。うばがかたよりかよひて。やりくるも。たび重り
  けり。かくておさあひも。ことし七ツに成給ひにければ。やがて
  だんなへいとま申。しゆびよく。かのおとことふう婦に。*下地ハしゆん
  だり。御
()ハおもし。追附(おつつけ)祝言(しうげん)のことぶきすミて。(なを)なさけの
  すゑを通し。大工ハ手の物の。小刀とぎにてすまし。朔日こと
  の
(なます)大こんをかきて。此家のおてゝと。よばれけるぞ。
                           めでたき。

 *下地は好きなり御意(ぎょい)はよし  
   もともと自分が好きであるところへ、好意をもってすすめられるのにいう。

(八丁オ 挿絵)


       






   


(八丁ウ)  
   十 情は重し敷金(しきがね)の箱 (つけた)り 恋ははなれぬ腰元の仕合

   物の
()も夜(こそ)よけれと。よし田(うぢ)のいひ置しハ。三味せんのこと
   にや。是にかぎらず。恋のわけに夜おかしからぬハあらじ。
(まづ)
   人めをしのぶに。笠なくて心やすく。人の子娘ハ。垣をへだつ
   る*さゝめ。奉公人ハ。ゆどの或ハ土蔵の前を。はうばひ(傍輩)の出合
   宿にさだめて。やりくるも。
(なを)月なくて。くらきこそかたじ
   けなけれと。後の
(すい)法師の。添書せられしも。さることぞかし。
   今ハむかし。
(あづま)のあるかたに。いたうとみさかへゐる家あり。手
   代、こしもと。下女、小者。それぞれにめしつかひて。不足なる事
   なく。御内儀ハ
三十(ミそぢ)ばかり。其うつくしさ、どふもいへず。しかも内
   儀のすき人にて。いもせの中のよき事。又たぐひなかりし。

  * 敷金(しきがね) 婚姻の際の持参金。
  *ささめ (サザメとも) 「ささめごと」の略。ひそひそ話。










 
 
 

(八丁ウ)  
   十 情は重し敷金(しきがね)の箱 (つけた)り 恋ははなれぬ腰元の仕合

   物の
()も夜(こそ)よけれと。よし田(うぢ)のいひ置しハ。三味せんのこと
   にや。是にかぎらず。恋のわけに夜おかしからぬハあらじ。
(まづ)
   人めをしのぶに。笠なくて心やすく。人の子娘ハ。垣をへだつ
   る*さゝめ。奉公人ハ。ゆどの或ハ土蔵の前を。はうばひ(傍輩)の出合
   宿にさだめて。やりくるも。
(なを)月なくて。くらきこそかたじ
   けなけれと。後の
(すい)法師の。添書せられしも。さることぞかし。
   今ハむかし。
(あづま)のあるかたに。いたうとみさかへゐる家あり。手
   代、こしもと。下女、小者。それぞれにめしつかひて。不足なる事
   なく。御内儀ハ
三十(ミそぢ)ばかり。其うつくしさ、どふもいへず。しかも内
   儀のすき人にて。いもせの中のよき事。又たぐひなかりし。

  * 敷金(しきがね) 婚姻の際の持参金。
  ささめ (サザメとも) 「ささめごと」の略。ひそひそ話。

  


(九丁オ)

  
されバ。(あまき)物は。(あぢハひ)すぐれたりといへど。常住(ぢやうぢう)なめて心よからず。
  色道も又これにおなじ。いかにかわゆらしく。よきおもて
  の女も。女房と
究手(きハめて)にいれたれバ。いつとなく心やすく。鼻
  につきて。めづらしからぬ心から。つまミぐいに名をたてら
  れて。あながちなるおとこと。よばるゝ事ぞかし。扨も此亭
  主ハ。すぐれたる*腎ばりの。つよざうにて。日比めしつかひの女
  ども。ひとりもたゞハ通さず。よばひありきけり。それが中
  に。蘭といへるこしもとの女。としハ
二十余(はたちあまり)。せい高からず。ひきから
  ず。むつちりとしたる*しゝつき。*二かハめのしぼありて。どこや
  ら。おもはくらしきに打とみて。
便(たより)あるごとに。ほのめかせ。
  いひかけたれど。「あゝ。わけもない。ゆるさんせ」とふりはなち。又
 
 *腎張り 淫乱な人。じんすけ。
  *ししつき 肉付き
  *二かハめ(二皮眼) 二重まぶた。 
          


(九丁ウ)

  ハ「声をたてまする」など。かしこくいひまハりて。つゐに*わけをたて
  ず。ある時内儀ハ。妹の平産見舞に。むろ町なるかたにとま
  りて帰らず。雨さへいたう降出。こよひこそよきしゆび。こ
  さんなれとうれしく。さよふけて。かの女の部屋にしのび。
  障子のこなたに。たゝずめバ。女ハいまだ
(いね)ざるとおぼへ
  て、ともし火ほそくかゝげたるさま。物にてもぬ(縫)ふならんと。
  物のひまより。さしのぞけバ。にくや手代の六兵衛。我よりさ
  きへしかけて。さまざまにいひくどけど。女さらにうけひかぬる
  を。おとこの声して。「去とてハかくまで。だんなのまへ。おほき
  人めをしのびて。いのちかけたる心ざし。あだになし給
  ふべき物かは」と。いだきつきて。はなちもやらず。女ハ小ごゑ

 *訳を立てる 情を通じる。男女の交わりをする。
       


(十丁オ)

  に「さりとてハ。わが身も。にくからずおもひ候へど。かなしや。こ
  よひハ。親の忌日にて。さうした事ハ。みぢんげのないこと
  御心ざしさへ。まことあらバ。かさねてのしゆびにハ。御心にした
  がひ申さん」と。上手をつかふ。六兵衛是に。こし打ぬかれ。「それ
  ならかたひ。*せい
(ごん)」とのぞむ時。女「*せいもんくさりがつたい」といへ
  ば。おとこ世にうれしげに。「せめてハいだきついてなりとも。こよ
  ひのうきを。はらし申さん」と。たがひにじつと。しめあひたる。
  すその方より。おとこその所へ手をやりて。むつくりとしたる
  あたりをいらひたると見へて。「さてわけもない事を。あゝ。しん
  きや」といひけれど。心よくや在けんかほあかく。どこやら。しど
  けなく。打ひろげて。ぜひといはゞ。なるべきしゆびを。此男、り

 *せい言 誓文
 *誓文腐れ (誓文に違うようなことがあったら、この身は腐りもしようの意で、
  自誓の語) 誓って。断じて。


              

 
 (十丁ウ)

 
 ちぎものにて。時も折もこそあれ。かく大事の精進日にまい
  りあふえにし。むすぶの神の情なさなど。とがなき神を打
(うらミ)
  夜も更なんと。名残を(おしミ)。さし足して。おのが。部屋に帰り入
  けり。旦那ハ先よりつやつやまもりゐで。
(よろづ)聞たれバ。心ち(よく)
  前かまくはり出。せんかたなく。やがて障子をひらき。女のそばに
  たちより。かき
(いだき)「此月ごろの。わがおもひ。いかゞハ思ふ。」さりとハ。気
  のとほらぬとおしふせたる。「又だんなさまのいたづらな。わるひこ
  とを」と。ふりはなす手を取。「いかなれば。かく迄我が心にハしたが
  はぬ。いやならば。いやといふたがよいは」と少こと葉に。かどたてゝ
  
恨皃(うらミがほ)なるを。「さればおぼし召ても御らんじませ。(もし)此事が奥さま
  へきこゑましなば。日比つとめ申せし。御奉公もあだに。御家を


  (十一丁オ 十一丁ウ挿絵)

            


 
(十二丁オ)

   おひ出され候ハヽ。みづからいかゞなり申さん。御りやうけん下されかし」
   と。
(ことハり)せめてきこゆる。ことばの下より。「扨わけもないことばかり。其
   時にめいわくハさせまひ。似合敷。ゑんづきも。
(わが)*きもいるからハ。心
   やすかれ。よしなき事に。遠慮ふかき女や」と。いふいふ帯(おび)引さば
   きのりかゝる。女も先よりのもやもやに。いたう心みだれ。うご
   きたちちたる。ゐん水。とゞむるに所なく。「
()やうまで覚しめし
   下さるゝ。
御情(おなさけこそかたじけなけれ。わたくしも。いかなる御ゑん
   にや。わきて。御こと。りよぐわいながらも。御いとをしく。心にこめて
   存じ候へど。おくさまの御まへ悲しく。今迄ハひかへまいらせぬ。」「よし
   や。*ぬれぬ先こそ露をもいとへ。こうしたうへから。君ゆへならば。
   命までも」としがミつく。はづミ切たる旦那。是にうつゝをぬかれ

  *きも‐い・る(肝煎る) 世話をする。
  *濡れぬ先こそ露をも厭(いと)え  濡れる前は露でさえ気になるが、
   一度濡れた以上はどんなに濡れてももうかまわない。
   一旦、あやまちを犯してしまえば、もっとひどいことをも憚らないの意。


                


(十二丁ウ)

  つよくいかりたる物を押あて。わざと中へハ入もやらで玉門の上を
  二三度四五度。ぬめらすれば。女ハつよく待ちかねて。「しんきや」と。もち
  上るひやうしに。
(なかば)ぬつとこみいりたる。されバ宵より。むしやくしや
  と。うるほひたる事なれば。一さゝへもたまらず。ぬらぬらとながれ出
  てしたゞる。上よりハひどく物するごとに。ごほごほと鳴音の軒
  打雨をあらそひ。いと心ちよくぞ在ける。何が日比
(のぞミ)に思ひし。
  女が打とけたるにめづらしく。殊につわものゝ聞へある此だんな。
  勝負をながふ。ぬきもやらで。むしかへし むしかへしする程に。今ハ女も
  絶かね外へ聞んとも。思ひしづめずして。ひた物に泣出たる。次第
  に。ふかく玉ぐきのつばもと迄入て。とゞくよと思へば。女さらに人
  心ちなく。かミつきすいつき。あるハのり出て。一
()の中を。あなた。こな

      



十三丁オ)

  たへ持廻汗もしとゞに成てやりくりハ
(おさま)る。さても此とし月。いくたり
  の女にもあひぬれど。かほど迄うれしがりて。あぢの
(よい)のハ。又有
  まじく思ひそめ。
一向(ひたすら)かはゆく。としの三とせねん比(懇ろ)にかよひるが。ひ
  ごろの執心なればとて。
(やが)て手代の六兵衛にめあわせ。祝言の用
  意。
衣類(きるひ)、長持、小袖、(びつ)。手の道具不残(のこらず)敷金(しきがね)も。よいほど。とりそへ
  て下されけり。旦那のあがり膳ながら。恋わびたる女といひ。色々の
  御目かけぶり
(かたしけなく)。とある町に宿もとめて。いもせの。なかとなり
  しが。
(のち)ハ糸の見世出して。お山うちのむな(胸)紐とて。ゆくすゑ
  ながくさかへけり。
   
   浮世祝言揃 巻之五




 



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