合巻 |
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(1) (表紙) 京山作 (短冊) ひつじの春(*1847年) しんはむ(新版) |
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(2)(見開き) 京山 作 豊国 画 女房形気 下の巻 錦橋堂版 山田屋板 (一丁オモテ)
「お糸さん。今、二郎吉殿にも会ひました。病が治りてお目出度い。お前も今日は商ひに出るそうなが、月花屋へよい客が来ましたぞや。西国の大金持じゃさうなが、名さへ金蔵有右衛門かねくらありえもん。ひとりの連れは侍の大男、道の用心とて旦那が連れて来た剣術つかひの浪人者じゃげな。供も三四人① |
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(一丁オモテ続き) ②みな男連れじゃ。ゆえお前の美しい顔で笑ひかけたらいくら買はんも知れぬ。 私もお前の口車で (破れ部分)(買わせて下され」 「そりゃ。一緒に」 「さあ。ござれ。」 と打連れて |
![]() (二丁オモテ) 兄と二人。近頃は京から来た人達でござります」 「そんな兄弟ふたり暮らしの」 「左様でござります」 はてなアと何か心にひと思案。お竹は笑みを含みながら① (二丁オモテ続き) ②「旦那様。この子のも、わしのも、何ぞ買うてくださりませ」 「をゝ。買うてやる。しかし湯療はまだ長い。土産はいくらも買うてやる。 先づ今日は二人とも酒の相手をしやれ。よそへいて商ひする程の事は呑みこん でおるぞ。先づ、一杯呑みやれ」 とお竹に差し、 「井原ちょっとござれ」 と次の間にてなにかひそひそさゝやきてふたり元の座敷へ帰りけるに、井原 垣右衛門 「これお竹。そちに少し相談が有馬山じゃ。こちへおじゃ」 と空きたる座敷へ連れ行きけり。
「これ。お竹。あのお糸が兄は何者じゃ」▼ |
(3) (一丁ウラ) ●こゝに又、かの金蔵有右衛門は浪人者の井原垣右衛門を相手に毎日の酒盛り、宿の女どもを光る物にて引付け、今日も 「旦那様。お賑やかでござりますね」 「ヤアお竹。よく来たぞへ。来い。あとのひとり。いや。こりゃあ美しい。毎日いくらも来るがこんな花はつひに見ぬ。井原どうじゃ」 「如何様。見事見事。持ち合わせた盃一ツ呑みやれ」 と云ひければ、お糸 「はい有り難うはござりますが、とんと下されませぬ」 といひつゝ下女が注ぎたるを一口飲みて 「これはお竹さん。 と差し出すを、有右衛門 「アヽこれその酒わしが 「お糸と申ます」 「定めて 「いへ、いへ、二郎吉と申ます。 |
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(4)(二丁ウラ) ▼「兄は二郎吉と申て雇われの料理人でござります」 「左様か。それなれば話が出来よう。外でもないが有右衛門があのお糸に思惑。おのしが世話で首尾さへすればおのしへは光る物二枚、お糸へは五枚じゃ。が何とどうじゃ」 と云ひければ、お竹よい口(顧客)とうなずくべきに小首を傾け 「あのお糸。こゝへ来てから地の若い衆やお客方も、とやかくおっしゃる御方もありしが」 (三丁オモテ) 柳の風に受け流し 「これさお竹。枕金五両じゃ。野暮を云わずと とひとり飲み込む垣右衛門、元の座敷に帰りけり。(広告へ) |
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*京伝 山東京伝はこの女房形気の 作者山東京山の兄。京伝は江戸後 期の戯作者・浮世絵師。本名、 岩瀬醒(さむる)。俗称、京屋伝蔵。 住居が江戸城紅葉山の東方に当る ので山東庵、また、京橋に近い ので京伝と号した。京山の兄。 初め北尾重政に浮世絵を学び北尾 政演(まさのぶ)と号、のち作家 となる。 作は黄表紙「御存商売物」「江戸 生艶気樺焼(えどうまれうわきのか ばやき)」「心学早染草」、読本 「桜姫全伝曙草紙」「昔話(むか しがたり)稲妻表紙」、洒落本 「通言総籬(つうげんそうまがき)」 など。(1761~1816) *月役 月経 |
![]() (四丁オモテ続き) 「 望みならば御身も一緒に下られよ。帯代は此の百銭。お糸が仕度はこちらでする。 何と。どうじゃ」 と云ひければ二郎吉は思ひがけざる事ゆえ返事に困り思案のほどを見て、垣右衛門 「妹はお身が心まかせでありそなもの。但し帯代が不足なか」 「左様ではござりませぬがお糸は深い訳ありて男に肌は触れませぬ」 「その訳はどうした事じゃ」 「その義は人には云はれませぬ」 「さすれば① (三丁ウラ) ②片端者じゃな」 「いや左様ではござりませねど訳あってお糸は男に逢いませぬ。お断り申します」 と立たんとするを 「待て。二郎吉。身どもは武士じゃぞ。有右衛門にこの事を頼まれて請合いし に出来ぬとばかりでは武士が立たぬ。 (四丁オモテ) これこの通り。刀の金丁。人に云はれぬ訳を云へ。外へは洩らさぬ」 と切羽詰まり、折からお糸二郎吉用ありてここへ来たりければ、垣右衛門よき折 とてお糸へも事の由を云ひ聞かせ色々 「男に逢われぬ訳を云はずは、ふたりともそこは立たさぬ」 と責め問ひけり。 |
(5)(三丁ウラ)
「どうじゃ。出来るか」 と云はれてお竹 「いやはや。馬鹿な女。いろいろに申(し)たれど、得心しませぬ」 「して五両の事云ふたか」 「云ひましたとも。とても私には行きませぬ。此上はあれが兄の二郎吉をお呼びなされ。表向きで」 「いかさま。旦那に云ふてみよ」 「もし出来たらば御祝儀を」 「をゝさ。」 「左様なら私は」 「いや待て」 とお竹を待たせ、しかじかの由、有右衛門に話ければお糸、兄を呼び、「斯様斯様に計りくれよ」 と有右衛門が頼みにお竹に云ひつけ、二郎吉を呼び寄せけり。
(四丁オモテ) 「御用はいかに」 と云ひければ、井原垣右衛門一腰差して |
*いか‐さま(如何様) どのよう。 *手懸 「妾」の字も当てる。 めかけ。 そばめ。 *きん丁 きん‐ちょう(金打)江戸時代、 約束をたがえぬという証拠に、武士が両 刀の刃または鍔(つば)などを打ち合せ、 また小柄(こづか)の刃で刀の刃を叩いた こと。 女子は鏡、僧は鉦(かね)を打ち合せた。 かねうち。 |
![]() (四丁ウラ下) ②此の時、これなるお糸、慶び事ありて同じ家中へ招かれ酒を無理に強いられ て立帰り拙者がうたゝ寝したる後ろへ打臥したは紋所をみて夫を思ひしゆえなり。 拙者は (五丁オモテ) お糸とも酒ゆえ前後を知らず。日暮れたるも知らざりしに浪右衛門 不義とみたる は 暇もなく庭へひらりと両人逃げさり、その夜春日の宮に一夜を明かしゝ時、神に 誓ひを立てゝ兄妹との約束をなし、此所に隠れ住むも何卒不義の悪名をすゝぎ再 び帰参いたし度願ひ、お糸も不義でなきことを浪右衛門に知らせ疑ひを晴らさせ ん願ひ、これ故に身の願ひ叶はぬ内は③ ④男に肌は触れぬ心願篤くと勘弁くだされい」 と聞いて垣右衛門 「いかさま。ご しならん」 「いかにも私でござります。今二郎吉が申したる事▼ |
(6)(四丁ウラ)
「さればよ。有り体に云ふて断り申さん」 「さて井原様。お糸が男に会わぬ訳お聞きなされ。そもそも我々は都にて志賀の山左衛門殿の家来。拙者は峯松琴二郎 (五丁オモテ) と申しの者これなる。お糸は同じ家中にて 浪右衛門と拙者は同じ尼君の付き人、長屋も近ければ拙者朝夕浪右衛門方へ立入りしにある時、浪右衛門方の留守居に頼まれ、湯上がりの肌寒きに浪右衛門のが脱ぎすてたる紋付きの小袖を借り着してうたゝ寝したるは夕暮れ頃① |
![]() (五丁ウラ下) ⑥手懸奉公と偽りしも、そちが心底を試さんため。今の物語を聞けばふたりが心底 感心せり」 尼君はこれより五里の在、功徳寺と云ふ尼寺に御逗留あれば、両人とも彼処へ伴ひ 事の由を申し上げなば、お律今の名はお糸再び浪右衛門が妻となり。 峯松琴二郎、今の名は二郎吉も帰参の叶わん事あるべし。ともかくも彼の尼寺へ連れ 行かんと聞きてふたりは低頭平身なし、数々礼を述べその夜宿を片付け身の周りを整 へ、翌る朝 亘に従ひ尼寺へ到りけり。 |
(7) (五丁ウラ) ▼偽りに在らざるは額の歌にて御推量下さりませ」 「委細は聞いた。ふたりに会わん」と唐紙開けて立ち入りし。 顔見てふたりはびっくりし 「ヤア。貴方は谷橋亘様。面目ない」 と逃げんとするを 「アレ待て」と引き留め、亘ふたりに向ひ「身共ここにありしその訳は、この度尼君この所へ御入りありて、かの薬師の額を御覧じて、歌は松尾が筆と見極め給ひ、『糸の心を思ひやれば、かれが不義の悪名請けしは仔細あらん。此額ここにあるからはお律この所に居るべし。 (六丁オモテ) 尋ね見よ』と ②然るに尼君宣ふは『わらはここへ来たゆえ影を隠したるも計り難し。③ ④あとへ残りて詮議せよ』と尼君の御推量に |
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*洗い粉 物、特に髪や皮膚を洗うの に用いる粉。澱粉質(小麦粉など)に 石鹸末・硼酸末・重曹などをまぜた もの。 |
![]() (六丁ウラ中) ②外に確かなる証拠なければ思ひ止まりひとり暮らしにてありけるに、この度尼君 お留守にて暇なるを幸ひ、人の進めに任せ、同じ家中なる の屋敷に廿七まで奉公したるを仲立ちありてもらひ請け、仲も睦まじく暮らしけり。 さて尼君お帰りありて此事を聞き給ひ③ ④ お律が不仕合わせを憐れみ給ひ、先づ何にとはなしにお律は奥へ置き給ひ 「せめてはお津が志を立てゝやらん」 と亘に仰せて、かの額の写しを一ツの証拠となし、有馬にての事どもを浪右衛門 へ申聞かせ 「不義あらざる由、明白に知らすべし」 と云ひければ直ぐさま浪右衛門を呼びつけ、ありし事ども詳しく語り、額の写し をも見せければ、浪右衛門大きに恥じ入りけるが云ひけるやう 「全くそれがしが (七丁オモテ下) 今思へば吾が妻に遺恨ありて、跡形もなき空言を言ひしならん。▼ |
(8) (六丁ウラ)
「律を召せ」 とありけるに、お律はお 「近ふ参れ」 のお言葉。おづおづ進みければ尼君 「珍しや。律。 (七丁オモテ) 亘よりつぶさに聞きつるに、根無し事の浮き名を請け、浮き草の所定めず、誘ふ中にも操を破らざる心感心也。かくありてこそわらはが側にて遣ひたるしるしもあれば、さればわらはも人に面を起こすぞかし。そちが身の上は館へ連れ帰りて兎も角も計らひ遣はすべし。こりゃ。亘。琴二郎も連れ来たりよし。彼はそちに預けるままこれも連れ帰るべし。帰参の事も計らひやらん」 と有り難き仰せにお糸は忝なくて涙に袖を絞りけり。
①(六丁ウラ中) |
*め‐がたき(女敵・妻敵)自分の妻を奪 った男。 |
![]() (八丁オモテ続き)
手づから取り納めたる頃漸くお筆納戸より立ちいで目に涙を含みつゝ 「これ。こちの人。▼ (八丁ウラへ) (七丁ウラ 広告)
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(9) (七丁ウラ) ▼律が心不憫とは思へども、尼君のお留守に後の妻を迎へし。それがし今更如何ともせんすべなし。 と溜息つけば、谷橋亘 「これ浪右衛門。お身が疑ひを晴らし不義と思ひしは誤りなりし」 とさへ云はるれば 不義の悪名を雪ぎ帰参の事も叶ふべし」 「左様あらば拙者より貴殿へ謝りの一札を」 「いやいやそれには及ばねぬ。御身が疑ひ晴れし事をお律に聞かせて喜ばせ尼君へも申し上ん」 「然らば。よろしくお頼み申す。返す返すも後の妻さへなくんば、お律をかへなくんばお津を帰へさんものを残念至極」 と浪右衛門が言葉の始終を此座敷の庭に (八丁オモテ) 子を遊ばせていたる乳母とくと来てしか、此乳母浪右衛門が後の妻お筆と心やすき故直ぐさま浪右衛門がここに居る留守を幸いにお筆が方へ到り、今斯様々々の話を聞きたり。 「用心なされ。悪ろくしたら と尾に尾を付けて① ②話けり。此末いかになるやらん。 (広告へ) |
*せん‐すべ‐なし(為ん術無し) なすべきてだてがない。 * |
![]() (九丁オモテ下) 「わりゃ天魔が魅入れたな」 と襟首掴んで引伏せければ髻もとゞりより切りたる黒髪、手に取上げてびっくり仰天。 「こりゃ。どうじゃ」 お筆顔をあげ、 「その黒髪はお律どのへ進ぜます。尼となりたる私をとても妻にはもたれまい。 (九丁オモテ下続き) と涙を袖に包みつゝ納戸の内へ入りにけり。浪右衛門は呆然と途方に暮れていた りしに、下女来たり 「ご新造さま。里へ行くとて頭巾被りて出給ひし」 と聞きて浪右衛門様々思案しけるが、心に① (八丁ウラ中) ②落ちざる故黒髪を紙に包み亘方へ到り」 (九丁オモテ中) お指図を伺はん」 とて亘より申上げければ 「筆を召せ」 とてわめきけり |
(10) (八丁ウラ) ▼わしゃ里へ帰ります。 浪右衛門打ち驚き 「そちは気でも違ふたか。気色を変えたるその顔付き。どうしたわけぞ」 「気も違はひでなんとせう。本木に優る のとや。 「そりゃ悪い合点。さうした訳じゃ更々ないぞ」 「いへいへあげくの果ては毒害か絞め殺さるゝが命が惜しい。離縁(さる)状下され。人で無しめ」とわめけば 「無礼の 「こりゃ可笑しい。口と心は裏表。 |
*うら‐き(末木)樹木のさきの方。こずえ。 ○本木にまさる末木(うらき)なし 幾回取り代えて見ても結局最初に関係の あった者よりすぐれた者はない。 (主に男女の間にいう) |
![]() (十丁オモテ下) 黒髪 と尼君の言葉にふたり初めて目が覚め、なんと云ふべき様もなくなく差しうつむ きて居たりけり。尼君又仰せけるは 「ふたりをはじめ皆の者。あの鉢植えをよく見よ。 (十丁オモテ下続き) 桃へ桜の接ぎ木をなせば花最早開くぞかし。此通りに習ひて筆が切りたる髪を 律がかもじとなして突き合わせ、律が切りたる髪を筆がかもじとなして、ふたり に髪を結はすれば元の姿に、接ぎ穂の花嫁じゃ。こりゃ芳川ふたりの① (十丁オモテ上) ②姿を心得たか」 と仰せにはっと両人を連れてお次へ下がりけり。 ●かくて尼君昔召されたる色の小袖をふたりに給りければ気配も美しく萎れる花 も生き返る恵みの露は身にしみてなかも吉野の一重八重打ち並びて再びお目通 りへ出けれ。尼君悦び給ひて亘に仰せて浪右衛門、琴次郎をも召させければ、 ふたりは何事やらんと身の上を案じながら呼ばれし所へ出にけり。 ●さて亘は両人来たりし由、尼君へ申上ければ 「今日は許す故目通りへ連れ来たれ」 と仰せに |
(11) (九丁ウラ)
「斯くなりし上は何卒御仏間のご奉公勤めたし」 と願ひけり。かゝる折りしも次室(おつぎ)にてもの騒がしきを尋ね給へば、 「斯様に髪を切り候」 と申上げれば尼君兎角の御答(いらへ)もなく暫し御思案の体なりしが、お律をも召されて宣ひけるは 「 その身ばかりの義理を思ひて良人の迷惑を思ひ計らざるは、鹿を追う猟師は山をみざるの譬えなり。 さればとて切りたる |
○鹿を逐う者は山を見ず[虚堂録] 利益を得ようと熱中するものは、他を顧み ない。「飢えたる者は食を選ばず」と続け ても言う。 |
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(12)(十丁ウラ) おづおづ出でければ、尼君 「いかに浪右衛門二人の妻に別れ侘びしからん。又、琴二郎は未だ妻もなき由、わらはが と浪右衛門へはお律、琴二郞にはお筆を賜りければ四人は更なり。 めでたしめでたし。 めでたしめでたし。
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教草女房女房形気二編 京山 作 豊国 画 弘化丁未新版(1847年) 錦橋堂 寿梓 |
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