2017/10/26 改訂

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浮世双紙・浮世草紙・浮世草子

好色(こうしょく) 青梅(あおうめ) 
Kousyoku aoume [picture book]

 五冊中 巻四のみ(一部掲載)

副題 女は髪のめでたいえにし

玉梔軒(ぎょくしけん)
貞享五年(1688年)
 
 原データ 東京大学付属図書館 霞亭文庫
 


 
 「好色青梅」四巻から次の四話を掲載。
   (一)女ハ髪のめでたいえにし
   (二)是皆順逆(じゅんぎゃく)の二つをわかつ
   (三)垢の抜けたるへちまなりけり
   (
四)物の不思議も是よりぞ知る 
   (五)(かゝ)ハあきれてそら見もならず

  著は
玉梔軒(ぎょくしけん)またの名は有当子(ゆうとうし)。詳細は不明。
  浮世草子。好色本。艶本。
十四丁半・挿絵22cm・墨摺絵本。
  浮世草子は井原西鶴の「好色一代男」(天和二年、1682)によって仮名草子と一線を画して
  以来、宝暦・明和頃まで約八十年間上方>を中心に行われた町人文学で、この本は
  江戸時代初期頃の裕福商人らの享楽的・娯楽的な生活を描いた好色物の一冊。


         


  ①原文は殆どひらがなで書かれていますが読み易さを考慮して適宜漢字に直し、
   また濁点を補いました。
  ②カタカナの表記の「ハ・バ」などの助詞は原文のままに表記してあります。
  ③会話文には「 」をつけました。
  ④一つの題名に別の話が挿入されている場合は(派生噺)番号①②と記しました。
  ⑤改行はほぼ原文のままにしました。
  ⑥釈文は画像の下側の左右に、「注」は釈文の下に掲載しました。
  
  翻刻に際しては古文書研究家羽生榮氏と福岡県在住の松尾守也氏に御協力を頂きました。


 



(2)
 △女ハ髪の目出度い(えにし)
 2性ハ道によつて賢しとハ。(いく)土用干しにあふ
 たる(ことば)なれど。改まつてげにもと覚ゆ。
 昨日今日まで雛事(ひゝなごこ)せし小娘が。十二
 三になれバほんの殿事を始めけんがくあぢを
 (さば)きて。乳母腰元などが知らぬ。(だる)いこと
 まで言ひ出して指をくわへさし(あを)のかす。又
 おのこ子ハ(おく)れの髪の。ひとところへあつまりも
 せぬに。「俺ハ正月より盆がうれしい」と言ふ。「それ
 なぜ」と問へバ。「盆にハ夜出て女の子どもとまじ
 り。(たハふ)れ遊べと招けバ、踊りを仕込む
  

△女ハ髪のめでたいえにし  徒然草九段 「女は髪のめでたからんこそ」の引用か。
性 ひととなり。天性。人柄。
 ○性は道によって賢し  児童教訓伊呂波歌絵抄(26)に記載あり。(絵双紙屋)
  心の用い方は各自の専門によって、おのずから錬磨され向上する。
  芸は道によって賢し  商売は道によて賢し



(3)是皆順逆の二つを別つ              覗いているのは息子の父親(5-2頁の挿絵)

鼻紙つぶしの息子・的之助(陰間)・息子の嫁



(4ー2)
 寄れ」といふ。娘聞きて、「最早ふとんが外れて
 寄られませぬ」と答ふ。「さらバ外れぬやうに身
 どもが寄ろふ」と言ひて。娘
(ほゝ)の中へにじり込ミて
 口切初昔(はつむかし)をと固唾(かたづ)を呑めど。いかな2嗅茶(かぎちや)
 ほども口の(はた)へ寄せさせず。此うえハ、利休
 かゝりでハさばけぬ。
田夫(でんぶ)だてにせんと。やがて(むす)

 の()けなる髪を引きほどき。膝の下に敷き
 つけて。手に汗を握りよせ(きし)りこむ。娘
 
4あだけぬ5しかミ顔して。はづミにはづさんと(うかゞ)
 へど。何か(かミ)を敷き伏せられたることなれば
 動きがとれず。ふかき御縁(ごえん)のそこま□□□
 (4ー1)
と言へり。此やうに
媚助(こびすけ)になりて。のちのち□□
二十(はたち)ばかりにて。旧故(きうこ)になる位ならんと(もく)
々たり。ある人、歳十七にて十三になる娘を
(めと)りぬ。(えにし)の夜新枕をならべてお(おむす)
「こちへ寄りませ」と言へど。面映(おもは)ゆがりて寄らず。色
々濡れ言葉に。(なま)めきなずらへて。「寄れ」と言へど
なを寄らされば。おとこ息(あら)らぎて。「さてハお
れがいやらしうて寄りたむないか」と問いけれバ。娘
「あゝいやでんす」と。味も塩もなき程に。おとこ
「そなら、まちつとそちへ寄りや」と言ふ。これハ
(あい)」と寄る。「まだ寄りや」と云えばまだ寄る。「まだ
  
 1懐(ほゝ) ふところ
 2初昔 茶の銘。江戸時代、将軍家使用の極上の宇治茶。
 3嗅茶(かぎ‐ちゃ)飲まずに、茶の香気を嗅いで良否を鑑別
 すること。 また、その茶。聞茶(ききちや)。

 
4あだけぬ 徒げぬ
 5しかみかお(顰顔) 顔をしかめること。.

1旧故 ふるいなじみ



(5-2) 
 ことの様子(やうす)をつぶさに聞きわけ。こゝハ黙りても
 居る所にハあらずと罷出(まかんで)て、「嫁の()分こそ
 なるほど至極せり。しかし我等にめんじて真つ平
 これじや、堪忍すべし」さて、忰が「只今の
 ()い分ハ。いまだ女房の和俗をぬけきらぬ
 誤道(ごだう)?なり。今少し勤学召されよ」さてさて名
 誉なさてことや。
2御汁(おつけ)のある柔らかな女房ハ猫
 わけをして。堅豆(かたまめ)(めし)を喰ふやうな若衆を
 (はだ)けるといふことハ。「いやはや、糞くらいや。尻
 くせの悪い忰や」と。言はれしとぞ。可笑(おかし)けれ。
 *此筆ついでに書きつくることあり。今世に(かげ)

 

(5-1)
られぬ。此夜小枕まで相伴にあふて
われたり。 いまだ十六七でかやうの分別の味
なことが出たことやと。はなしを聞くから。その
おとこの膝頭(ひざかしら)がながめられ侍りき。

是皆(これミな)順逆(じゆんぎやく)の二つをわかつ
ある人鼻紙つぶしなる(おこと)子を持てり。
いと(たを)やか女を迎へて、かれに(めあわ)せぬ。
又最前より的之助(まとのすけ)とて手前に召し置きし
小者に男色(なんしょく)あり。息子これを内儀(ないぎ)(まさ)

りに(かしづ)きもてなして、やりくるほどに。
女、妬ましく思ひけり。ある夜男、また
    
陰間 江戸時代、まだ舞台に出ない少年俳優の称。また、宴席に侍して男色を売った少年。陰舞(かげまい)。蔭子。男娼。
御汁・御付 おつけ 吸物の汁。みそ汁。おみおつけ。
ねこわけ 食物を少しずつ残すこと。猫が食べ物を少し残しておく
 習性から猫分け

*派生噺



 
 
女は髪の目出度い縁  
 4-1・4-2頁の挿絵 
  新枕の場面
(6)
 
()とやらん言ふて若衆のあるよし。その(むしろ)
 遊びし人の語りけるハ。かの若衆とまじわり
 見るに。こなたの潤ふ時分に。なるほど若衆も
 耐へ難きふりをするなり。これその道理なきわけ。
 正真(しやうじん)に人を(うつぶ)けにしたことやと、さもにくし。
 また浮かれ女とまじはり見るに。こなたの面白
 くなる時も。まことにきよろりか、しじねぶりたる
 顔している。たとひ、面白くなくとも乱るゝ
 気色するが道理なれば。これも又さもにくし。

 △垢の抜けたるへちまなりけり
 久米の山出(やまだ)し男が。女のゆぐ洗ふおくのしる

  
久米仙人の伝説に因む
 久米仙人 俗に久米寺の開祖と伝える人。
 大和国吉野郡竜門寺に籠り、仙人となったが、飛行
 中吉野川に衣を洗う若い女の脛(はぎ)を見て通力を
 失い、墜落した。都造りの材木運びに通力を取り戻し、
 賞に免田三○町を得て久米寺を建てたという。
 今昔物語集・徒然草などに出る。
ゆぐ 腰巻き




(7ー2) 
 機をたらいの脇から見とれいて。腰の御挿(をざし)
 を人の抜くも知らで通宝を失なひ。お好き女郎
 ハつけ松茸のつぼミをにぎりて、そゞろに舌
 をによろめかし。(もゝ)をしめあわせて引敷の
 濡れしことも覚へず。されば女のよれつ、もつるゝ
 いとごしにハ、大尽たちも馬をつながれ。
 男のもちあたゝめし。大和双六の(どう)にハ
 いかな女中も恋目を召さるゝとなん。ある片里
 に聖立(ひじりた)てし若比丘尼(びくに)のありけり。極て
 美しかりしかバ。見る人心を痛ましめ。聞く
 人思ひをついやす。()くばかり心の水
               
(7ー1)
かし。「ほんに(たしな)まさんせ、あまりなことや」といふ。
男の曰く。「
洒落臭(しやらくさ)い。そなたが裏表の
沙汰や。表裏(ひやうり)全体不二(ふに)なり。深く入りて見れば
裏にも表の味に優れたる所あり。劣りたる
所あり。表又しかり。」畢竟(ひつきやう)
児手(このて)(かしハ)(くわん)
すましたる()の子に。「へそがわらう」と答ふ。女ハ
装い変はつて。「すれば児手(このて)(かしハ)とあるハ、(ふた)
(おもて)と思し召すの心ならん」さあれば、とにも
かくにもねぢけ人。添ひまして面白からず。「此上ハ
(いとま)()べや」と。物の見事なる夫婦(いさか)ひに
なりしを。*この男の親父物陰より

3聖立つ いかにも聖らしい振舞をする。
*派生噺②
洒落臭い なまいきである。
○児手柏のふた面(おもて)
 児手柏(このてがしわ)ヒノキ科の常緑低木。
 (児手柏の葉の表裏のいずれとも定めにくいことから)
 両面・両様あること。

 古能手佳史話 (このてがしわ) 艶本
 裏表此手佳止話(うらおもてこのてがしわ)
   好色外史( 花笠文京 ) 作・渓斎英泉 画
 天保7年

*派生噺①




 (8)垢の抜けたるへちまなりけり 
  9-1・9ー2の挿絵  隣の男  比丘尼と下女




(9ー2)
 の折よく()へ立ちぬるまゝ。比丘もじまなこにさえ
 ぎりて。(比丘)「あな心地にくや」と下女と手に手をしめ
 あい。最早忍び難くなれば。「なふ、となり様。お背
 中流してまいらせんや」と言葉をかくる。男
 おびへて「誰なるらん」比丘ハ世の常の人ならず
 と聞く。さてハ召使いの女房なるべし。よしや
 誰にも荒磯の打ちかくる浪のかへり言葉
 にと得た様ぞ。「(かたじけ)なや」。(比丘)「その垣をぬけて
 こなたへ来ましぞへ。諸共(もろとも)に湯浴ミて流し
 つ流されつすべし」と答ふ。比丘もじハ世に
 なき心に嬉しくて。裸になり、たらい

(9ー1)
澄まし切つたる比丘(びく)もじなれど。(むす)ぶ手
(しづく)に似たるならい。その隣に又やもめ
男の静かに住ミなし居ける。これも生
立ちいと優しく。こゝろざしも並々にハあら
ざりしが。此男三伏(さんふく)夕間暮(ゆふまぐれ)奥なる庭の
方にて湯浴ミてげり。時しも比丘尼()
涼みとらんと下女ひとり召して、背戸へ出ら
れしに。かの湯あミる音出聞かれ。求めずも
垣越しよりそと覗かれき。男ハ夢ば
かりも知らで、しどけなきさまに浴して
いましぬ。肌白く殊にすきやうなる玉茎(たまくき)
 
  




(10-2)
 まいらせ。自ら人差し指を折かゞめ。露命を()
 来るほどに。これ(もゝ)より下ハうきになりぬ。行水
 のとばしりなるべし。此下女、口のうちにて何
 やらんつぶやくを聞けば古歌なり。
 
3岩代(いはしろ)のもりのいはじとおもへとも
  しづくにぬるゝ身をいかにせん

 △物の不思議も是よりぞ知る
 あたらしきことの(はんべ)るハ。中京辺にゆかりあり
 て住める後室あり。金銀財宝に悲しむ事
 あらざれど。あまたの子に憂へを見。今末の
 子ひとりを
(あるじ)と育て秘蔵せられし。
(10-1)
の中へ押入り。(比丘)「冷へ者濡者(ぬれもの)許さんせ」と
いふ。
(男)「こハ思ひもかけぬ御方や。2いざさらば

から流して参らせん」と。たらいのかわに手杖
をつかせ。(あを)のきかゝりにかゝらせ。物をぬつ
と差し入るゝと。踵磨(きびすみが)きの軽石のごと
く。湯の中でふわりふわり持ちあぐれば。うへよりハや
わらかにこすりをかくる程に。からこの
かすの一番汁よりも(うた)た白くねばりたる液を
流し。たらいもなくぞ(もだ)へし。その(のち)ハ折
々腰湯のたぶたぶありとうけ給る。下女ハ
とろとろ目ざしのあをミいり。此ありさまを見 
 3岩代の森のいはしと思へとも雫くに濡るゝ身をいかにせむ
 
       (後拾遺集 巻十四:恋四 恵慶法師
 岩代 紀伊国の歌枕
 岩代の森ではないが思い心を口に出して言うまいと思うけれ
 ども森の木々の雫、涙の雫に濡れるこの身をどうしたらよい
 だろうか。(岩波 新日本古典文学大系 後拾遺集

○冷え物でござい。
 江戸時代、銭湯の浴槽へ入る時の挨拶語。身体
 が冷たいが御免なさいの意。「冷え物御免」とも。
2○いざさらば  さあ、それなら。
 




物の不思議も是よりぞ知る
 11頁12頁の挿絵
 めくら御前と男。
 覗いているのは乳母か

(11)
すでに
二十年(はたとせ)ばかりなり。こゝにまた此家へ朝夕
つとめてくるめくら御前(ごぜ)のあり。いまだ歳ハ十四なり
しか。心立てよう(さか)しく。黒髪つやゝかに。
面差し美しく色白ふして。手足肌(はだへ)

も清らに。いづれ言ふべきかたなく優しかり
ければ。後室ハ可愛がり、かしづきてよく物し
ぬ。三味線小唄も常なるにハ恥ず。わき
和琴(こと)調(しらべ)覚へて優れたり。外にめ
づらしきハ誰やらん指南して。謡ひ(くせ)

舞をうたふに。天性ひやうひやうあまり。玉の
声色(こハいろ)人の耳を輝かす故。小唄ハ三味線




(12-2)
(めくら御前)
「あゝしたゝない殿やなん」と言ひて戯るゝ。乳母(めのと)
 ハ通り者にて。「なふ御前もじ、さすり寝入り
 に寝せましてから、こちへござれや」と言ひすて。
 女房共を具して寝屋を立出る。さてこそ
 (いだ)き入てこまやかなる(はだへ)をふれ。速や
 かにこと()んぬ。かくしてそのあくる朝。めくら
 
御前(ごぜ)。俄に目のうち(すゞ)ろ痒くなる程に
 両眼をなづるとひとしく。
1須臾(しゅゆ)にひら
 けて明白なり。各々きたいの思ひをな
 すこと、きハまりなし。後室ハ有難き事に
 思ひ。これ深き縁の()き逢う所なりと。

          

(12-1) 
箱を(かた)げて(にぐる)るばかりなり。ある夜後室
のもとにめくら御前、女房どもあまた打寄りて
遊びありし頃。息子ハ(かしら)とて夜
(とこ)にひつこむ。乳母(めのと)腰元など添ふて
さすりまいらせ。かのめくら御前も見舞(さふ)
らふて。おぐしのあたりを撫でまいらせんやと
追従す。甘やかし子ハ聞て。「わ御前ハ歳
若く手も猶しなやかならん。こすりてえ
させよ」と言ふまゝ。
(かしら)ハいづこ、お(なか)を撫でさせ。
へそのあたりを。その下をといふより。しのび
笑ひになりて濡れの汗、綿子(わたこ)ふとんをひたし。
 1須臾(しゅ‐ゆ)。しばらくの間。




(13-2) 
 的の助が片方(かたへ)よばふを知りて。あとよりしかけ
 てほなりを窺いしが。既に早やよいことはじ
 まると聞えしかバ。女ハ唾をすゝり心地潤ほふ
 まゝに。覚へず知らず、はづミかゝつてうしろに
 (いだ)きつく。おとこ見て「女だてらこりやまた
 あんたることぞ。次々をやるか。ゆるせ身ども
 ハ
(すばり)若衆よ」といふ。女聞て「格好もなや
 
軽骨(きやうこつ)や」さりとてぜひも夏衣。我ハひとへ
 に思へども。そさまの心裏付きゆく、かく表
 だゝぬ御仕振り。此やうな訳からたつて。的の助
 までが自らを。(おいど)に敷き参らする□

(13-1)
かの者の垂乳根)をよびて。息子と夫婦の
契約を定め。
亀鶴(きくわく)の契りを(むすぶ)(いさゝか)不図
巷説(こうせつ)実也。今ほどハ物を書習ひ。女の技を
まなべるが、又人に越えたるよし。奇妙なること
ならずや。聞伝、
1成恭杜(せいけうと)皇后といへる君ハ。妖姿(やうし)
並びなかりしかど。生れつきて。歯一枚もな
かりしが。帝王に目見へ初めて交合(ミあわ)せし夜。
俄に。歯ことごとく、備はりたりと侍れバ。
左様のこともなからまじき物かハと、人に語り
しか。その人、聞て曰く。げにさることも不思議
なれど。*それより()の折れたる名誉あり。さる
 すばり‐わかしゅ(窄若衆) 
  男色を売る少年。陰間(かげま)。若衆。

 
きやうこつ(軽骨) 軽蔑。笑止。
 
1成恭杜皇后 東晋の成帝の皇后。
*(派生噺①)




(14)婦(かゝ)はあきれて空見もならず
   16頁の挿絵?  お袋・娘?・下男
 13-2頁の挿絵? 的之助・女

    


(15-2)
 
有徳人(うとくじん)の息子。千年石がけの大崩れ
 に。姫
2くちなわを一疋捕へて帰りしが。
桑柴(くわしば)
 にて。(あふ)られしやらん。手足いできて今ハ
 なるほど人らしい奥様になりて居侍りぬと。
  
△ (かゝ)ハあきれて空見もならず
 或酒家(しゆか)濡者(ぬれもの)の娘ありけり。見る人
 門外
口涎(くちよだれ)を流せり。()(かた)(とつ)ぎぬれど。
 何事やらん、葦分(あしわ)小舟(をふね)の障りある
 に袖ぬれて。又親のもとへ帰り居ましぬ。
 此家に飼立(かいた)て男の不下使(げひぬ)あり。お娘、男
 あいともに思惑ずれと見なし、山の
3くち  
(15-1)
 
□さらせまいらする□娘ハたましゐ絶入。
 (とこ)しなへに腰萎へて、仰のきに倒るを。
 慮外ながら、差し寄りよりぐつと入れ。息もはづ
 □(み?)つく。お(むす)ハ、とをとをしぶりの恋し鳥。とび
 た?つ心地に。むつかりける。やうやうしまひ頃に。お(ふくろ)
 蔵へ来たりて見らるれハ。1つがもなき様子なり。
 お御寮人(ごりょん)ハお袋を見て。とち迷ひのあまり
 にや。「なふ、(かゝ)様ちと是へ寄らさんして。はね
 木で押されさゝんセぬか」といふ。おふくろ息巻
 きて。「あのうづき女郎(めろう)めが。まら喰らへ。やい。そこ
 な涎掛(よだれか)け男よ。こゝへよ」さてさて(をのれ)
 2くちなわ(蛇) (朽縄に似ているからいう) ヘビの古名。
 3くちなし 梔子と口無し。
 1つがもなき つかもない。とんでもない。




(16-2)
 (親父)「憎い奴かな。俺が大事の娘を」(男)「あの
 あゝ。何とせう」(親父)「知ら
 ぬまで身がもえると腹立(はらだ)つ」。その時、男ハ爪の
 あい
 の垢を取り取り申やう。「旦那様から娘御さまを。抱き
 いれませよと仰せ付けましたる故。下地ハ好き
 御意(ぎよい)ハ重し。ぬくぬくと焚き入ませしか。気味やう汁が
 わき上がりました」と云ふとなり。あれげに。(もろミ)
 □□し。その袋すゝぎの、湯文字(ゆもじ)(しづく)なり
 □□(しづく)甘露(かんろ)ほど。きいて見たきことかなと。
 舌鼓(したつゞミ)を打ち。口舐(くちなめず)りする者多かりけり。
 焚入るゝと云ふハ、酒造る(もと)の早く沸くべきために。
 □がきたるに。湯を□□□元桶(もとおけ)の中へ入るゝこととなん。

(16-1)
なしの言はれもせねバ聞かされもせで心許(こゝろばか)
に過ぐしけり。ある時、男酒蔵へ入りて。
寒作(かんつくり)1(もと)(こしら)へて居けるに。親父(をやじ)
(むす)を呼びつけ。(親父)「そちハ蔵へ()きて男
に。今日ハ
2焚きいれよ」と告げやる。もとより尻の
はやき娘「心得(さぶら)ふ」と蔵へゆき。さも
()
さうな目元して。「なふ、今日ハ焚き入れよと
父様の言わさんすぞや」といふ。男、お娘様
にひたひたと寄りつき。いかにも抱いれ参らせん
と。力筋太く健やかなるものゝ。蔵の
(さね)(はしら)をもこぢ放すべきを。お娘様に。
 
 ○下地は好きなり御意(ぎよい)はよし
 もともと自分が好きであるところへ、好意をもってすすめられるの
 にいう。
1酛(もと) 本酒を作る時に使う、酵母を培養したもの。
 酒母(しゅぼ)のこと。

2たきいれ 焚き入れ 抱き入れ



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2017/7/1 改訂