2020/3/3 改訂

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絵本 弄 (えほん もてあそび) 一册

下河邊拾水(しもこうべしゅうすい)画 京都山城屋佐兵衞印
 
文政七年(1824年)  [初版安永九年(1780年)]

 原データ 東北大学付属図書館狩野文庫画像データベース   

 



                  
                    解説

  
 天下泰平の中、地下の庁も暇と見え、閻魔大王が陽界へ出て今日も幼童を驚かす。
   我儘いうと帳面に付けるぞ、無理いうと天窓(あたま)から塩つけてがりがり喰うぞ、
   親の恩を忘れては鳥獣にも劣る、穴市ばくちは見ても悪いぞと説く。
   心学思想に基づいた訓話・道話。墨摺絵本。
   絵師
下河辺(しもこうべ)拾水(しゅうすい)は別称藤原行耿(ゆきあき)・河原拾水・下河辺
行耿とも。商人年中行事(あきんどねんじゅうぎょうじ)
   伊呂波歌、他約九十冊もの草紙に挿絵を描いている。

   翻刻に際しては古文書研究家椿太平氏にご協力を頂きました。厚く御礼申上げます。 



(1)


  (表紙)



   絵本弄  全



(2)
 画本(ゑほん)(もてあそび)

天下泰平。
五穀 豊饒(ぶにょう)

(かミ)(あきら)かに。(しも)(すなほ)

にして。諫鼓(かんこ)
むし。
囹圄(れいご)草を
(をゝ)る。静謐(せいひつ)御代(ミよ)なれバ。地下
庁も
閑暇(ひま)と見へ。厚紙仕立の
3焔魔大王(えんまだいわう)

 
挿絵 諫鼓と雌雄の鶏と雛
 1諫鼓(かん‐こ)昔、中国で君主をいさめたり君主に訴えたりする
 ために、朝廷の門外に置いて人民に打たせて合図とした太鼓。
○諫鼓苔むす (諫鼓を用いぬことの久しい意) 君主が善政を施すのを
 いう。

 2囹圄(れい‐ぎょ)(レイゴとも) 
 罪人を捕えて閉じこめておく所。獄舎。

 囹圄草を生る」国がよくおさまっていることのたとえ。


閻魔 〔仏〕(梵語 Yama) 地獄に堕ちる人間の生前の善悪を審
 判・懲罰するという地獄の主神、冥界の総司。経典によっては
 地蔵菩薩の化身ともいう。像容は、冠・道服を着けて忿怒の相
 をなす。もとインドのヴェーダ神話に見える神で、最初の死者
 として天上の楽土に住して祖霊を支配し、後に下界を支配する
 死の神、地獄の王となった。地蔵信仰などと共に中国に伝わっ
 て道教と習合し、十王の一となる。焔摩。閻羅。閻魔王

 なお嘘をついた子供を叱る際「閻魔様に舌を抜いて貰う」と
 いう俗信による民間伝承がある。




(3)

日毎に陽界へ(いで)
給ひ。まちまち
小路を修行ある。
おかほの色
弁柄(べんがら)の。
しぐろひ声
をかすり出し。

舌ながなる
事いふたり。
眼をむく事
をは手にし
て。(かど)々に立給ふ

*傀儡師 江戸時代、胸に箱をかけてその中から木偶(でく)人形
 を取り出し舞わせた大道芸人。正月の祝儀として門付けをするこ
 とが多かった。起源は平安時代にさかのぼる。三弦のない義太夫
 節を謡った。
 くぐつ回し。くぐつ‐し。かいらい‐し。

挿絵 傀儡師(くぐつし)が子供達に閻魔大王の絵を見せながら
    咄(絵解き)を聞かせている。





(4-2)
  (ただ)仮初(かりそめ)で人にハ
()ならぬ。喰ふも飲もきるも(まく)
  も(ねる)(おきる)疱瘡(ほうさう)はしかハいふに及バず。寒いに付
  暑に付。親の苦労を放るゝ間ハ(しばし)もない。五歳(いつゝ)
  六歳(むつ)で親に捨られて見たがよい。乞食もよふす
  るものじやない。(それ)よりだんだん我身で我身を持
  までの親の御苦労海にも山にもたとへがたし。
  (その)大恩を知らざるものハ。かたちハ人で有ながら。(とり)
  (けだもの)にもはるか(おとる)1鳥の中のも小づらの憎い烏で
  さへ親の恩をよく知つて反餔(はんほ)の孝とて親を養
  ひ(かへ)すといふ。鳩に三枝(さんし)の礼ありとて。巣の内の恩
(4)
焔魔さん焔魔さん。あゝ帳面消か。合点じゃ合点じゃ。幼童(こども)
衆久しう御目に掛らぬ。(さぞ。無理
わやくでござらふ。
無理いふと塩付て天窓(あたま)から。がりがりと(かむ)ぞよ。人
は万物の霊といふて。あるとあらゆる物の中にて。
人ほど(たつとひ)ものハなけれど。悪ふ(ならふ)禽獣(とりけだもの)にも
(おとる)といふ事。必うかうか聞まいぞ。犬や猫の子を
見るに。親の()を放るゝと。はや親の世話のいらずに
面々我身で我身を持。鳥類とても同じ事。巣
立の後ハ親の世話に(あづ)からずそれぞれに我身を
養ふ。人の子ハ(うまれ)てから。親の膝を放れて後も
 ← 

○烏に反哺(はんぽ)の孝あり
 烏が雛のとき養われた恩に報いるため、親鳥の口に餌をふく
 ませてかえすということ。子が成長の後、親の恩に報いる
 たとえ。

○鳩に三枝の礼
(さんし‐の‐れい)鳩は礼譲の心があり、親鳥のとま
 っている枝から三本下の枝にとまるということ。鳥でも孝道を知って
 いるというたとえ。

わやく  無茶


(5)




 


右頁 
 座敷に飾られた端午の節句
 人形。人形は牛若丸と弁慶。
 見物する人達。その中の幼子
 はちまきを手にしている。
   

左頁
 道端で戯れる子らと端
 午の幟旗。




(6-2)
  思ハねバ。喧嘩ハ出来ぬぞ。無理が通らバよけて通し。
  只何事も負て居るを。勝ざるの(かち)とて人が(ほめ)る。
  扨また常々用心すべきハ怪我(けが)(あやまち)。怪我あやまちハ
  せふと思ふてするものハひとりもない。必(あやうき)所へ行か
  ず。必(あやうき)事をせず。急とも(つじ)々ハ。必(おゝき)う廻るがよい。
  荷物にあたつて怪我したり。怪我さしたり。或ハ人
  に行あたり喧嘩の出来るも。間々(まゝ)有事。喧嘩口論。怪
  我(あやまち)ハとりわけ親の気を(いため)親の心を(くるしむ)る第一
  の不孝なり。殊に童子(こども)怪我(けが)(あやまち)ハ一生(やまひ)になるも
  あり。用心せねバならぬ事じや。扨また人に言れぬ

(6)
を忘れず。三枝(ミえだ)さがつて親を敬ふ。鳥類さへかくのことし。
必親の恩を忘れて。鳥獣(とりけだもの)におとるまいぞ。幼少(こども)の時
ハ孝行とて。別に尽しやうもない。(たゞ)親の(あふせ)(そむ)
かず。(あい)々と機嫌よふ。虚言(うそ)つかぬがまつ孝行。扨
端々(はしはし)幼童(こども)にハ。
穴市(あないち)などして遊ぶもあれど。必
立寄て見るも悪ひぞ。(こども)のときの(きず)生長(おとな
)に成
ても(のき)にくい。小さいとき(かゞめ)樹ハ。大木(たいぼく)に成ても(かゞん)
で居る。穴一が(つい)博奕(ばくえき)になり。博奕かかうじてハ。何にな
らふも知れぬ。(こわい)ものじや。扨又(つゝしむ)べきハ
喧嘩口論。町人
百姓の喧嘩口論ハ。何国(いづく)でも勝たら負じや。勝ふとさへ
 ← 

喧嘩 喧嘩の嘩 底本は口偏+花。譁の異体字。嘩の異体字。

穴一(あな‐いち) (穴打)の転か) 地面にあけた穴に約1メートル
 をへだてた線外から銭をうち込み、穴に入ったものを所得とする
 遊戯。後にはめんこ・小石などをつかう。多く、正月の遊び。
 あなうち。ぜにうち。かねこうち。ばいこ。投銭戯。



(7)
  




 挿絵 寺子屋室内。
 いたずらに興じる子供らと
 あきれ顔でそれを見る教師。



(8-2)
 3
()の人。いつに(ない)()をはつて。とり鉢に米をもり。
  たつふり供養めされるれども。帳面ハ消れぬ消れぬ
りや
  なぜにてござります。
ハテ知れた事。其元(そこもと)給銀(きうぎん)
  の(うち)、巾着(きんちやく)から出す銭ならバ。(かけ)て有ても帳面消
  す。御主(おしう)の米を遠慮も(なく)沢山さうに人に(ほどこ)
  我子の未来を助んとハ。
イヤハヤ愚なるしろものかな。
  我子の(ため)にならぬのミか汝が罪また(をゝい)なり。きつ
  と焔魔の帳に(つく
)るぞ。此外にまだ天窓(あたま)から(かま)
  ねバならぬ事有ども。夫ハまづ(あと)へまハし。是に
  よふ似た事がある。(ついで)(はなそ)ふ。二三年も前の事


(8-1)
事や。人に隠す事などハ。必々せぬものじや隠
す事や。言れぬ事にハ(よい)事のないものじや。よか
らぬと思へバこそ。人にも隠す。たとへ人に隠す共
我本心にハ隠されぬ。(よい)事ハよいと知り。(わるい)
(わるい)と知る。是を()知る(てん)知るとも。焔魔大王共いふ。
また
常張(じやうはり)の鏡ともいふ。明かなものじや。(わるい)事ハ
ならぬぞや。合点(がてん)か合点か。
○焔魔さん焔魔さん。
精米(うちまき)(あげ)ましよふ。さいの川原に
()りまする小児(ちつさ)(ため)御廻向(ごゑこう)なされて下さりませ。
何じや帳面(けせ)との事か。其元(そなた)(たび)々御目に掛る
 ←
 
 3御乳人(おち‐の‐ひと)貴人の子の乳母。おち
 
常張の鏡(浄玻璃の鏡)地獄の閻魔王庁で亡者の生前における
 善悪の所業を映し出すという鏡。

精米(うちまき)打撒き 悪霊よけのために米をまき散ら
  すこと。また、その米。散米(さんまい)



9)




挿絵 炬燵にすわり、煙管
 煙草を吸いながら乳児に
 乳を与える女性。
 煙草盆を差し出す女性。
 そばに張り子の虎、鳥笛、
 でんでん太鼓。




(10-2)
  へ帰しに。
河伯(かはく)(いかつ)(のたまハく)。人の(いけ)るハ(なを)けれバなり。
  汝等(なんじら)が命ハ僥倖(きやうごう)にしてまぬがれたりといふ
  物なり。又汝等が一命を助たる其人ハ少し
  慈悲心なきにもあらず。外に悪事(あくじ)あらざれ
  ども。主有(ぬしある)鰻を我侭に。放したる(とが)により。ぬす
  人の名(のが)れず。鉄札(てつさつ)に記されて。未来ハ地獄の
  (せめ)(うけ)ん。命の恩を報ぜんと思ハヾ。此(わけ)
  (つげ)知らせよ。(ことわり)なしに放したるうなぎの(あたひ)
  を荷主に(つくのひ)懺悔(ざんげ)して(あらため)なバ。未来の苦患(くげん)
  まぬかるべし。そのときにこそ。汝等が命も。初て

(10-1)
じやが。大津より(うなぎ)(にな)ふて。京へ通ふ男ありし
があるとき
フトおもひけるハ。毎日毎日人に雇ハれ。
数多(あまた)の鰻を運ぶ事。身過(ミすぎ)とハ云ながら。不便(ふびん)なる
目を見る事かな。(なわ)とりを恨むといふ諺もあり。
主命(しうめひ)の竹の雪我身に掛るたとへもあり。未
来のほど。空恐し罪ほろぼしせバやとて。一荷(いつか)
の内にて一疋(いつひき)づゝ。鰻を川へ放しけり。在夜(あるよ
)
数十疋。其男の枕に(たち)。一礼して言けるやう。()

中の鳥。(あじろ)の鰻。逃れがたき命の大恩。(ミづうミ)より
なを深し。からき命をたすけられ。(もと)住家(すみか
)

 ←
 

 河伯(か‐はく) 河を守る神。河童(かつぱ)。



(11)




挿絵 鰻運びの男がうたた寝中に
   見た夢は・・・




 
 (12-1)
(まこと)の命なり。はやく (ゆき)て告よとある。河伯(かはく)公の
(おふせ)なり。(つゝしん)で聞れよと。いふかと思へバ夢さめて。
あたりを見れどもかば焼の(かざ)もせず。扨ハ
河伯の御告ぞと。懺悔して(あたい)(つくの)ひ。(あやまち)
改て(まこと)の慈悲者と成しとなり。何とよふ
似た咄しで(なひ)か。其元(そなた)()どもがお(つげ)を聞て。
心を改冥加を(おそれ)(まこと)の慈悲者になれバよし。是までの通り。何角(なにか)に付。
狐虎の威をかつて。我侭(わがまゝ)気侭(きまゝ)召れなバ。未来ハ(さて)置此世にて。1()
(さん)大不□(だいうさん)の地獄に(おち)ん。一生お()でも居られ
 (12-2)
  まいし。其とき思ひ知るべきぞ。先程もいふ通
  り塩付て噛かまふなら。噛かむ事ハいくらもあれど
  けふハ噛ぬ。コレコレそこらの女中がた。よその事
  でハござらぬぞや。たとへ己をれが噛かまひでも。面々の
  胸の中うちに。焔魔王がましまして。善悪邪正噛かミ
  わけて。善事ハ悪事ハ
金札に記しるし。鉄札に
  記しいつまでもきへぬものじや。其証拠にハ。
  むかしなしたる悪わるき事を。思ひ出して見
  よ。今でも出るハ。扨さてまたくらがり或ハ人なき
  所にてたつたひとりなす事をバ。誰も知らじ。

 
2 金札(きん‐さつ) 閻魔の庁で善人を極楽に送る時の金製の札。
  金紙。
 鉄札(てっ‐さつ) 閻魔の庁で浄玻璃の鏡に照らして善人と悪人
  とを鑑別し、その悪業を記すという鉄の札。


翻刻字  齎? 賷?



(13)
 



挿絵 猿回し(猿芝居・猿引
 
猿遣い)の興行




(14-1)
とおもへども。焔魔王がとく知つて。(よこしま)な事は
合点(がてん)せぬ。されバこそ。少しにても(まがつ)た事す
りや。気味が悪ひ。必(うそ)ハつかれぬぞや。隠す事
ハならぬぞや。虚言(うそ)(たちまち)虚言(うそ)と知り隠した
事ハ隠したと(じき)に知る。何と明なるものでハ
無か扨又(さてまた)世間の悪口にハ。炊婦(めしたきをんな)菩提(ぼさつ)といへど。(めしたき)
ばかりが菩薩(ぼさつ)じやない。すべて女中を菩薩(ぼさつ)といふ。(べに)
白粉(おしろい)にて顔を(いろど)り髪かたちをむしやうに(かざり)
外面(げめん)ハぼさつに似たれども。内心ハ夜叉の如しと
此方(こち)の親玉がいふて置れた。(それ)から婦人(をんな)似菩薩(じぼさつ)

 ←
 


(14-2)
  とも。
1(によ)夜叉(やしや)とも(いゝ)まする。何と恥しき事では
  無歟(ないか)
コレコレ肝積発(かんしやくおこ)すまい。其元(そこもと)がたの事でハ
  ない。是ハとつと天竺(てんぢく)の横町の女中の事しや。
  唐天竺(からてんぢく)でも同し事。美目(ミめ)がよふても姿(しな)もの
  でも内心(ないしん)夜叉の(ごとき)てハ未来を待ず此世にて。
  2竹の根をかな(ほる)であろ。とりわけ美目(ミめ)(よい)ものハ。
  其美目を鼻へ出し。我ハ顔が見る(ゆへ)(つい)
  縁なき衆生となる。浅ましかりける次第なり。
  むかし唐の或所に。(てかけ)を二人持し人あり。一人
  は美目よしにて。一人は美目(ミめ)(あし)し。蓼喰虫(たでくうむし)

2燈心で竹の根を掘る ( とうしんでたけのねをほる )
 柔らかくてもろい燈心で堅い竹の根を掘るように、一生懸命につとめても、
 事がなしとげられないことのたとえ。

1如夜叉(にょ‐やしゃ) 夜叉のように心の恐ろしいこと。



(15)
 





 (16-2)
 
 といへバとて。生れ付の1内心が夜叉のごとしと
  いふでハない。人々生れ付の本心といふものは。
  男女の差別なく。貴賤。賢愚の高下(かうけ)(なく)(たゝ))一
  面の御神体。儒家にハ是を明徳とも言。一貫とも
  いふ。此方(こち)在所(ざいしよ)てハ。仏性共。如来共。皆是(かいぜ)阿弥陀
  佛ともいふ。諺に生れ子を仏といふも此事じや。
  歌にも。むまれ子の次第次第に智恵付て佛に遠
  くなるぞかなしき。
2一休和尚ハ3たづまほどな
  涙こぼしてなかれました。此歌の心の如く。人々
  生れ付ハ皆佛なれ共。そろそろ智恵の付に随ひ

(16-1)
好々(すきすき)にや。其美目(ミめ)のあしき(てかけ)ハ寵愛厚く上ミへ
直し。其美目のよきてかけハ寵愛薄く下に置。
或人是をいぶかしく思ひ。ゆへ如何と問けれバ。かの
主人笑て(いわく)。美目よきものハ。(ミづから)美目よしとする故
に。我其美目もよきを知らず。美目あしきも
のハミづから美目(あしき)とする故に我其美目のあし
きを知らずと。アゝ何国(いづく)の女中も同じ事。外がわ
ばかり摺磨て。内心のきたなきをバ(ミかゝ)ふとハ
せぬものじや。コレコレきたないといへバとて。女中がたの
持まへがさうしたものしやといふでハない。
1内心夜叉
 ←
一休(いっきゅう)室町中期の臨済宗の僧。諱(いみな)は宗純、
 号は狂雲。一休は字(あざな)。京都大徳寺の住持。詩・狂詩に巧みで
 書画をよくす。禅院の腐敗に抗し、諸国を漫遊、奇行が多かった。
 詩集「狂雲集」。一休諸国咄などに伝説化され、小説・戯曲に描かれ
 る。(1394~1481)

たづま→だつま(達摩)数珠に通してある大珠。おやだま。

1外面似菩薩(じぼさつ) 内心如夜叉(によやしや) 
 婦人の顔は美しく柔和に見えるが、その心根は険悪で恐
 るべきである。「外面如菩薩内心如夜叉」とも。平安時代
 にわが国で作られた語か。




(17)



挿絵 
 四月花祭り
灌仏会
 四月八日に釈尊の降誕を
 祝して行う法会。花で飾
 った小堂(花御堂はなみど
 う)を作り、水盤に釈尊の
 像(誕生仏)を安置し、参詣
 者は小柄杓で甘茶を釈尊像
 の頭上にそそぎ、また持ち
 帰って飲む。
 





 (18-2)
  なき所を自得(じとく)して。(まよ)ひの雲の晴ぬれバ。
2(もと)より
  空に有明(ありあけ)の月。其我(そのわれ)(き)所を佛心(ぶつしん)と言。我有(われある)
  を凡心(ぼんしん)といふ。凡心を振廻(ふりまハ)すを。自力(じりき)と言。仏心(まかせ)
  他力(たりき)といふ。(こゝ)がまた大事の所じや。何でも
3自力(じりき)にてハ
  行ぬものしやに若ひ衆や。女中がたハ自力にても行
(ゆく)
  やうにおもふ故。何ぞあてにした事が違か。出来さう
  な事が出来ぬか。我思ふやうに行ぬときハ。
辛気を
  (もやし)たり。気を(いつ)たり。不断(ふだん)
火宅(くわたく)の苦ミなり。たま
  さかにハ。自力にて出来たと思ふ事あれ共。(それ)ハやつ
  はり
6他力にて。自力(わがちから)にてハ行ぬものじや。まづ我

(18-1)
見るもの。聞ものに。執着(しうじやく)し。かの貪瞋痴(とんしんち)が増長し
て。()しや。ほしやの餓鬼にも成たり。畜生道へもこけ
こんだり。ときどき修羅(しゆら)を燃したり。自身地獄
をこしらへて。佛に遠く成もて(ゆく)浅ましき事
ならずや。極楽の行程(ミちのり)を十万億土といふハ(こゝ)じや。三
条の大橋から(ふん)で見て十万億土といふでハない。迷ふ
ときハ十万億土。いつでも道を悟るときハ。去此不遠(ここをさることとをからず)。其
(まゝ)極楽世界なり。扨まよひにもさまざま有て。色
(まよふ)人も有。子にまよふ親も有。銭金に(まよふ)ものあれ
ど。其本(そのもと)(たゞ)。我
ありと思ふまよひのひとつなり。我
 ←



○雲晴れてのちの光とおもうなよ もとより空に有明の月(古歌)
 月が見えなくても、月が消えたのではない。月が見えたから、
 後から付け足したのでもない。月は最初からそこにあったもの。
 自分の真心(まごころ)を信じてごらんなさい、自信をもって
 ごらんなさい。

自力(じりき) 〔仏〕自分の力で修行して悟りを得ようと
 すること。

○心気を燃やす  気をもむ。じれったく思う
火宅(かたく) (煩悩が盛んで不安なことを火災にかかった
 家宅にたとえていう) 現世。娑婆(しやば)。

他力(た‐りき) 〔仏〕他人の助力。仏・菩薩の加護の力
 を指す。浄土門において阿弥陀仏の本願の力をいう。

貪瞋痴(とんしんち)(とん‐じん‐ち)
  〔仏〕貪欲・瞋恚
(しんい)・愚痴の三種の
  根本的な煩悩。 三毒。瞋恚(しんい)とは〔仏〕三毒の一。
  自分の心に逆らうものをいかりうらむこと。



(19)
 

挿絵
 布袋様と唐子図か。

 布袋は七福神の中で唯一
 実在の人。後梁の禅僧。
 名は契此(かいし)。
 四明山に住み、容貌は
 福々しく、体躯は肥大
 で腹を露出し、常に袋
 を担って喜捨を求め歩
 いた。
 世人は弥勒の化身と尊び、
 その円満の相は水墨画の
 画材として多く描かれ、
 日本では七福神の一
 とする。(?~917)




(20-2)
 見させられい。自力わがちからでハ有まいがな。そんなら何物の
 力なるぞ。
木を(わつ)て見よ花の有家(ありか)を。たとへバ花
 の匂ひハ。どのやうなるものなるぞと問れんに。口にも
 言れず。筆にも書れぬ。まして(おと)(なく)()もなき
 本心。人に聞たくらいにて知らるべきものならんや。書
 たもの見て合点(がてん)の行べきものならんや。自身工夫
 を(こらし)し。自身嗅出(かぎださ)ねバならぬものじや。本心をさひ。
 発明すれバ。我無(われなき)事がひとり知れる。(わが)本心を知
 らずしてうかうか暮すハ浮雲(あふない)ものじや。
2生死
 事大無常迅速。
合点歟(がてん)か合点歟。
(20)
等が身の上にていふて見バ。毎日毎日此やうに町へ出。
西へ()たり。東へ()たり。門々(かどかど)に立てしやべつたり。目
をむき。舌を(いだ)す事も。自力(わがちから)のなすにハあらず。遣人(つかひて)
が有て如此(かくのごとく)自由自在に働なり。其遣人の名ハ。神の。
佛の。天の。(めい)の。主人公の。造物者のと。さまざまの(かへ)
名ハあれど。(もと)ハひとつじや。是ハコレ我等が身の上の事
ばかりじやないぞや。いづれも方の目に色を見たり。
鼻に(かい)だり。口に味ひを知るも。耳に聞も。手の働
も足の歩行(あゆむ)も。其やうに背たけの(のび)るも。年の寄
も。(すぎ)よとよべバ(あい)と返事する事まで。工夫して
  
 ←
 


「説似一物即不中(せつじいちもつそくふちゅう)」即ち言語で説明しよう
 としても、真意を述べることが出来ず、本分のことについては、説明した
 途端に的外れになるの意。書こうにも書きあらわせない、言葉ではとうて
 い表現出来ないものゝ存在に気づき我が本心を自分自身で見付けることが
 大切と説いている。

生死事大(しょうじじだい無常迅速(むじょうじんそく)
 各宜醒覚(かくぎせいかく)慎勿放逸(しんもつほういつ)。
 「生死は仏の一大事、時は無常に迅速に過ぎ去っていくから、各人はこ
 のことに目覚めて、無為に過ごしてはいけない」の意。
又は「生死事大
 光陰可惜 無常迅速 時人不待
(禅宗 坐禅堂に掲げられている木版
 の言葉)。 
 1一休禅師 道歌(一休骸骨)
 一人の山伏が、仏法の在り処を詰問した時、一休和尚は
 「胸三寸に在り」と答えた。するとその山伏は「然らば、
 拝見いたさう」と言って懐中から小刀を取り出して、和尚
 に詰め寄った。和尚は一首の和歌を以ってこれに答えた。
 (高神覚昇『般若心経講義』より)

○年毎に 咲くや吉野の 山桜
     
木を割りて見よ 花のありかを
 美しく咲く桜の花の素はいったいどこにあるのかと、桜の木
 を割って見ても、その桜の花の素など何処にも見つからない。
 物事を分解し、分析したとしても、そこからは決して花のあり
 かも、ものの命も見つからない。しかし花を咲かせる目に見え
 ない力は桜の中に確実にある。



(21)
 


画工  
   洛西住
 下河邊 拾水
   
彫刻  斎藤忠七
 
  二条通御幸町西ヘ入ル町
    山本長兵衛
  烏丸通松原下ル町
    炭屋勘兵衛
  
京都書林
 
 二条通堺町東ヘ入ル町
      八文字屋仙次郎

 文政七年甲申春求版




 皇都   藤井文政堂

    寺町通四條南ヘ入町
 書林   山城屋佐兵衞
 




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