2020/3/2 改訂

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年始物申(ねんしものもう) 
どうれ百人一首  
Nenshimonomou doure hyakunin issyu
[picture book]

        鹿都部真顔(しかつめのまがお)(狂歌堂)編 
 
天保六年(1835年)
[初版寛政五年(1793年)]

  原データ 東京大学付属図書館 霞亭文庫



   
                        
解説

   どうれ百人一首は百人の狂歌師が江戸の正月を詠んだもので、半丁に四首の狂歌が記され
  その狂歌一首毎に挿絵を添えた年始百人一首。江戸後期の狂歌師
鹿都部(しかつべ)真顔(まがお)編。
  13丁半・挿絵 18cm。墨摺絵本。

  鹿都部真顔(鹿津部とも書く)(1753~1829) は通称北川嘉兵衛。別号、狂歌堂・四方(よもの)歌垣(うたがき)
  家業は江戸数寄屋橋河岸の汁粉屋で、大家を業とした。黄表紙など戯作を試み四方赤良に
  師事して、数奇屋連を結成した。狂歌の四天王(馬場金埒・頭光・飯盛・真顔)の一人と
  称され、狂歌師を職業化し、狂歌という名称を俳諧歌と改めた。
  戯作名、恋川(こいかわ)好町(すきまち)
  黄表紙「元利(がんり)安売(やすうり)鋸商内(のこぎりのあきない)、狂歌撰集「類題俳諧歌集」など、九十数冊の著作がある。


 
  翻刻と解説については椿太平氏と松尾守也氏に多々ご協力を頂きました。
   厚く御礼申し上げます。



(1)








 年始
 物申
   どうれ百人一首
   




(2)
  
  狂歌堂
   年始(ねんし) 
  1物申(ものもう)
 2
どうれ百人一首
     
     

   
 
 2どうれ (感)だれの転か。武家時代、身分のある者の家で、訪問者の「たのもう」という声に応じて答える声。
 どなた。

 1物申(もの‐もう)(感) (「物申す」の略) 他人の家に行って案内をこう語。たのもう。



(3)
とし玉の春ハ。
十六武蔵野の(ひんがし)より
立て。
道中すご六の京へとてのぼる物から。
歌かるたの百磯城(もゝしき)の宮にも。
紅絵(べにゑ)
はつ日をむかへ。万歳(まんざい)(あふぎ)
藐姑射(はこや)
山にも。紫革(むらさきかハ)の霞をひけるあした。柱
暦の
恵方にむきて。福寿草を笑ハ
するハ。戯れるにしくものなんなかりける。
されハ五色糸に美しき(ことば)を綴り。色
楊枝におかしきふしを添えて。柚べしの
ミそじ一文字をうたふ人々。我狂歌堂
の門松を(くゞり)りて。年始御礼帳のはしに
貝杓子のかいつけ給へるを。御室(おむろ)茶碗の
箱のうちに
鼠半切とゝもに巻納めんも
あたらしう。草双紙の草むすひして。
物申どうれ百人一首と名つけ。問来る
友とちにこたへ侍るものならし
  はつ春 鹿都部(しかつべの)真顔(まがお)


恵方 古くは正月の神の来臨する方角。のちに暦術が入って、その年の歳徳神のいる方角。あきのかた。吉方(えほう)。

貝杓子 板屋貝・帆立貝などの殻に、竹や木の柄をつけた杓子。

御室焼 京都の仁和寺の辺で作られた陶器。万治(1658~1661)の頃、野々村仁清(にんせい)の焼き始めたもので、京焼の元祖と称される。主として茶道具で、雅致がある。仁清焼。ここでは「御室」と「おもむろに」を掛けた。

鼠半切  鼠色の半切紙。


十六武蔵 遊戯の一。もとは博戯、親石一個、子石一六個を用い、盤図の上に、中央に親石、外郭に子石十六を並べる。親から動いて二つの子石の間に割り込めばその左右の子石は死に、子石から動いて親石を囲んで動けなくすれば親石の負けとなる。十六目石。十六さすがり。弁慶むさし。

紅絵 紅摺絵のこと。 浮世絵版画の技法の一。墨版のほかに紅を主として緑・藍・黄など二、三色の色版を重ねて摺ったもの。延享元年(1744)から明和(1764~1772)初年にかけて流行し、奥村政信・石川豊信などが秀作を遺した。紅絵(べにえ)とも呼んだが、今は区別する。

藐姑射(はこや)の山 中国で、仙人が住んでいるという想像上の山。姑射山(こやさん)。転じて、仙洞御所。





(4) 
   鹿都部真顔
秋の田のかりをはらふて帳面の
    しめかさりする宿の福藁

   田原舟積
皆人の袖や引らん子日せし
   松よりたけのそだつ小娘


   山東亭
氷柱ほどはしにかゝれるうどんさへ
 すゝれはとくる春のひもかハ

   花江戸住
めこどもにわけてやるへき世話もなし
  ミなひとつつゝひらふとしをハ


    藁和都年武
さほ姫の文もて来ぬるうくひすの 
   はつ音にとけし雪のふうじめ

    山陽堂映沙
6千代かけて子の日の松のミどりあめ 
   三けんはりにひきのばしてん
 
    和薬唐子
たのしミは春待よりも酒のかん
   世をあたゝかにくらすとおもへは

    市川白猿
8よい春でござりますめのはかりよく
    江戸をとくゐのかざり
(えび)ざこ
 
佐保姫 春をつかさどる女神。佐保山は平城京の東に当り、方角を四季に配すれば東は春に当るからいった。

「ござります」の「ます」と「升目」の「升」が掛詞。秤と計り

*紐と氷面の解釈で上記①と②の異なった歌意が考えられるが、初春の狂歌としては②の方が面白く相応しいか。
ひもとく(紐解く)=下紐を解く。
(1)女が男に身をまかせることにいう。
(2)男女が隔てなく心の打ち解けることにいう。

この狂歌は枕草子90段(岩波文庫)・(日本古典文学全集小学館では94段)「宮の五節いださせ給ふに」の章段を踏まえたものか。

 ○あしびきの山井の水はこほれるを
      いかなる紐のとくるならん(実方 後拾遺集)
 ○うはごほりあはにむすべるひもなれば
      かざす日かげにゆるぶばかりを(清少納言 千載集)。



本歌○秋の田のかりほの庵の苫をあらみ 
我が衣手は露にぬれつつ
        (後撰集 天智天皇)
「帳面をしめる」の「しめ」と「注連飾」の「しめ」が掛詞。
福藁  藁正月、庭に敷くわら。清めのためとも、年賀の客を迎えるためともいう。

袖を引く 人を誘う。内々注意する。子の日(ねのひ)の松 正月初子(はつね)の日に、野に出て遊びに引く小松。松竹 目出度い物。竹と丈は掛詞。

垂氷(たるひ)=氷柱(つらら)。
 足日(たるひ) 吉日。物事の十分に満
 ち足りた日。 垂氷と足日は掛詞。
 ひも=氷面と紐。 
 ひもかわ=紐皮うどん。きしめん。
 とくる 解る。溶くる。ほどける。


(歌意 )たるひ(垂氷・氷柱)のように箸に垂れ下がったうどんさえ、足日(初春)だけに啜るだけで口の中で解ける紐皮(うどん)であることよ。
 (裏意)
①契りあったふたりの紐は薄く張った氷面の様に淡くいものなので初春の日影で紐はたちまち解けてしまうことだ。

②垂氷(氷柱)のように箸に垂れ下がったうどんさえ、啜るだけで口の中で解けてしまうのだから、初春を迎えたからにはお前の下紐を解くことができるだろう。

め‐こ(女子)(妻子)




(5)
 
  石垣高伎
わかやくといはれてうれしあら玉の
    年もかゝミのかさなれる数

   曲亭馬琴
三河路やおはぎの山もむらさきの
   かすミのたなのをちにかゝれり

   八千代春木
諺の目に正月のしたてもの
   針仕事までよいとしまふり

   清藁注連縄
黒木うる女もいはふ雑煮もち
   くへハおはらのはるハ来にけり

   概唐芋成
5さほ姫にこそくらべちや四方山の 
   笑ふあハゝの三太郎月

   埒明可年
道ハたでうるもちの名のうくひすハ
   かふても見まくほしとなくらん

   
永楽通宝
枝かはす花のいろ香をうくひすの 
   おかやきもちか人くとぞなく

   海沖名
8くミ糸の江戸むらさきハ本町の
    二丁めよりや霞そめけん
 

三太郎 ばか。あほう。 太郎月。一月の異称。

○枝を交わす (「連理の枝」から) 二つの枝が一つになって木目が通る。男女の契りの深いことのたとえ。「枝を連ぬ」とも。

おかやきもち(傍焼餅・岡焼餅)直接自分に関係もないのに、他人の仲のいいのをねたむこと。人来 鶯の鳴き声の擬声語。人の来るにかけていう。

江戸紫 (武蔵野にゆかりのある紫草を染料とし江戸で染め始めたのでいう) 染色の名。
 本町二丁目の「本町二丁目の糸屋の娘云々」の歌詞で、江戸末期、飴屋が米山甚句で歌ってから流行、端唄に採り入れた。歌舞伎で下座唄として用いる。



鏡 鏡餅。酒樽の蓋。円い形が似るのでいう。
おはぎ 萩の餅とおはぎ(薺蒿)〔植〕ヨメナの古称。
愛知県藤川宿の名物は麦の穂が紫色の「むらさき麦」と「藤の花」と云われている。
○ここも三河むらさき麦のかきつばた  芭蕉の句
*三河万歳 愛知県西尾市および安城市を本拠とする万歳。江戸時代に始まり、烏帽子に大紋を着た太夫と鼓打ちの才蔵とが家々を回って祝言を述べ滑稽な掛合いを演ずるも の。門付け」する万歳と「諸侯・旗本」の奥に上がる万歳の二種類があった。また江戸の旗本の多くは「三河」の出身者で、幕府創立時、家康に随いて江戸に入府したことから三河衆への敬意と三河万歳に新年の祝意を重ねた。
(歌意)おはぎを盛り高に積んだように、山全体に紫の霞がかかっている。目出度い三河路の初春。

○目の正月(諺)「目の保養」「目正月」とも。

黒木 木を30㎝ぐらいの長さに切り、竈(かまど)で蒸し黒くして薪としたもの。(黒木売)木を頭にのせて売り歩く京都の八瀬・大原女。

*昔、京都府愛宕郡大原村井出(京都市左京区大原野村町)の江文(えふみ)神社の拝殿では井原西鶴の「好色一代男」に描かれた「大原雑魚寝」の風俗があった。節分の夜、老若男女は産土神の江文神社の拝殿に参拝して「所のならひとて。みだりがはしく。うちふして。一夜は何事もゆるすとかや」と記されている。雑魚寝の風習は山城の大原、大和十津川その他に伝えがある。

(歌意)黒木売る女も祝う雑煮餅。食えばお腹(はら)も張るの大原に春がきたことだ。
(裏意)黒木売る女も祝う雑魚寝神事。籠もれば大原女(おはらめ)も孕婦(はらめ)になるという大原に春がきたことだ。
大原とお腹、春と張る、お腹(はら)が張るは大原女と孕婦の意も掛ける。 (雑魚寝神事は種貰い祭りとも云われた)





6)
   大殿若持
1けさはるとかざる柳のいとひけハ
   花も火ともす梅かかりくべ

   高根雪風
2明初る春のみそらの天がいに
   
からすとびミゆ鮹の入道

   祝義家樽
3又ひとつ嘉例にくれて行としを
  取て御礼ハ春に申さん

   根来庵定規
4うくひすも音をはるの日も長談義
   あくひましりにほけきやうとなく


   自分斎下賤
5春くれハ野は紫のちりめんに 
   五寸もやうとミゆるさハらび

   深草青人
6天神のやしろの梅にうぐひすの 
   声のなまりハとれやしつらん

   金多丸
7春の花なかめもあかぬ子宝の
    ひましにそたつ此太郎月

   小柄高彫
8さかりなる家を継穂の梅か枝に 
  匂ひひろむる花の惣領
    
五寸模様 女性の着物の、裾から5寸ほどの範囲に置かれた模様。また、その着物。ここでは萌え出る早蕨(15cmの高さに育っている)が縮緬の着物の裾模様に見えるの意。

太郎月 一月の異称。太郎 長男の称

接ぎ穂(ツギボとも)(1)接木(つぎき)をする時、台木につぐべき枝や芽。
*花の惣領 
花の兄(四季の花の中で他の花に先がけて咲くからいう) 梅の雅称。


烏飛び
(1)烏のように横ざまに跳ぶこと。
(2)屋根の棟の上に天水桶と水に浸した藁箒とを備えた消火設備。

 明烏=墨の隠語=烏賊(いか)・蛸(たこ)の体内にある黒い汁と墨染めの衣。蛸入道=僧侶 身空(分際・身の上)と「み空」僧侶が吉原や品川にいく時は医者に変装した。
(歌意)蛸入道(墨染めの衣・僧侶)の分際で遊郭の空の上に明烏の飛ぶを見たことだ。

行く年と歳を取るの「とし」

音を張ると春の「はる」
(挿絵)僧侶の長い説教に飽きてきた聴衆。鶯も欠伸をしている。鴬の鴬の鳴声と僧侶の読経の法華経





(7)
  寸善舎尺丸
1梅か枝に年礼帳をかけすてゝ
  留守の庵にも春ハ来にけり

  一丈帯武
2あら玉のとしの初穂のかくらミこ
  腰をおひねり尻をふる鈴

   森羅亭万宝
3はかりなきおしへハ腹にしミわたり
  去年の酔いをさますわか水

   木毎花行
4鑓ならでかふろかかつく羽子板や
  金箔つきの春の道中

   月花永女
5ふるとしのしハをのしめにあらためて 
    まづとそさんに口いはひせん

     
通牛文馬
6この春ハ恋の山住となりにけり
  こよミもとらず姫はしめして


    
育龍軒目安
7春またき室の梅かえたまされて
  ひらきかけたる紙入の口


    
末広かな女
8万歳の春まだつけぬとしのうちに
   とくわかやぎしうくひすのこゑ


 皺を伸しめに 
○皺伸ぶ 寄る年波のしわがのびる。若返る。のしめ(熨斗目) 無地の練貫(ねりぬき)で、袖の下部と腰のあたりに格子縞や横縞を織り出したもの。江戸時代、小袖に仕立てて、士分以上の者の礼服として麻上下(かみしも)の下に着用。


姫始(1)暦の用語。暦の正月二日に記された日柄の名。古来、諸説がある。
 (2)新年に夫婦が初めて交合する日。


紙入れ 鼻紙・薬品・小楊枝など、外出の時に入用な物を入れて携帯する用具

○徳若に御万歳 いつも若々しく長寿を保つように、の意の祝い詞く若やぐを掛ける


年礼帳 年賀の署名帳。明和六年・柳多留四「年始帳留守を遣ふのはじめなり」
(挿絵)「留守だから年賀の礼に来た人は、この帳面に名を書いてくれ」とばかりに、梅の枝に帳面をぶら下げている様子。


神楽巫女が腰をふる。鈴を振る。


かぶろ かむろ(禿)太夫・天神などの上級の遊女に使われる十歳前後の見習いの少女。道中 島原・吉原その他の遊郭で、遊女が或る一定の日に盛装して郭内を練り歩くこと。吉原では花魁が引手茶屋へ往来するのをいい、その歩き方は外八文字と呼ばれる歩き方で、京都島原の内八文字と異なっていた(元吉原~明暦の頃までは江戸でも内八文字だった)。



(8)
 
 柏木葉守
1ゆふべよりおきあかしたるそろばんの
   玉の春をぞけさむかへける

  花林堂音成
2来るはるの片手に樽のおもたせを
   いはふてひらく門松の魚

   双六齋三賓
(すごろくさい-さんぴん)
格子先たつや霞の袖つきん
   かふろも見しる春の色客

   魚波繁伎  
4雛鶴もわたらぬ(ねや)の灰吹を
   きせるにたゝく里の七草

  渋木弥舎丸
5正月の十六日のたのしミハ 
     あたへ千金百茶一斤

     錦織女
6いつかたもとしのせき候いさましく
   ござれとこゑを春ぞちかつく

     千代古道
7としことにいはふてかさる蓬莱ハ 
    居なからにミる名所なるらん

     紀若人
8ひらの谷のふる巣を出てわか宿の
   つほのうちにそ来なく鴬


正月十六日(藪入)奉公人が正月および盆の十八日前後に主家から休暇をもらって親もとなどに帰ること。また、その日。盆の休暇は「後の藪入り」ともいった。宿入。百茶 一斤百文の葉茶。安物の茶。番茶。
いつかたも 何方も
 せき‐ぞろ(節季候)(「節季に候」の意) 歳末から新年にかけて、二~三人一組となり、赤絹で顔をおおい、特異な扮装をして、「せきぞろござれや」とはやしながら歌い踊り、初春の祝言を述べて米銭を乞い歩いたもの。せっきぞろ。

蓬莱飾 新年の祝儀に三方の盤上に白米を盛り、その上に熨斗鮑・伊勢海老・勝栗・昆布・野老・馬尾藻・串柿・裏白・譲葉・橙・橘などを飾ったもの。






 門松の魚 かけのいお(懸の魚)懸正月の幸木(さいわいぎ)に吊り下げられる魚。二尾一懸けで、鯛・鰤・鮭・鱒・鱈など。正月の船祝いに船に吊す地方もある。かけのうお。
格子先 吉原には「張見世」と呼ばれる格子のある店が並んでおり、その店先の格子窓の前のこと。その中に坐っているのが格子女郎。また、格子女郎のいる所。袖頭巾 御高祖(おこそ)頭巾のこと。かぶろ (カムロとも)(太夫・天神などの上級の遊女に使われる十歳前後の見習いの少女。禿。

 色客 遊女の情人である客。間夫(まぶ)。

灰吹き
 (1)煙草の吸殻をたたき入れるために、煙草盆に付いている筒。多くは竹製。
(歌意)雛鶴(新造も禿)も渡ってこないので、ひとり寝をぼやきつつ灰吹を煙管で叩いて謡う郭の七草囃し。

*七草(の囃し) 七草の祝に、前日の夜または当日の朝、俎(まないた)に薺(なずな)または七草や台所のすりこぎ・杓子などを載せ、吉方(えほう)に向かい「唐土の鳥が日本の土地へ渡らぬ先になずな七草(七草なずな)」、または「唐土の鳥が日本の土地に渡らぬ先に、セリこらたたきのタラたたき」等と唱え囃しながら、それらを叩く習俗。鳥追い歌の類。疫病退散の呪いの意味がある。





 
(9)
   
 紀長人    
1かためつる氷の関もうちあけて
   通れと声を春の鴬

   寝牧侭也
2つれだつて恵方まいりの袖頭巾
  かふりハふらぬ中と見へたり

   花毛夜九
3山々に霞ほそひくいはし雲
  はるやきのめの味噌をあけあけ

   鼻下長
4いつかたも御慶を申あふき箱
  今朝ハ名札をはるの来にけり

   麦原笛成
5くれて行としの()のこのもちにまで
   つくる小豆のむらさきのうへ

   腹唐好成
6けふよりハ小川もはると思ふたら
   氷りし水と結句とけたり

     地曳長綱
7梅のはなはるも来たかとしりかほに
 むかひあふたる枝よりそさく

     荷造早文
8春かせの(めで)をは梅のにこにこと
     わらひかけたる花の唇


子の子 「ねのこ餅」の意。「源氏物語」葵の巻で、光源氏と紫上の結婚の翌日に出された亥の子餅(いのこもち)を翌々日の子(ね)の日に三日の餅(みかのもちい)として転用したところから、たわむれて言ったことば。「紫」色の小豆と「紫の上」の「紫」が掛 詞。

扇箱 年玉の扇を入れて贈った箱。
かふり 頭巾を被りと頭(かぶり)。
○頭を振る不承諾あるいは否定の意を示す。




(10) 
    紀志丸
1としたてる室のミとり子かくべつに
  今朝ハ霞のちへぢへしさよ


    無智節教
2つくはねをとんほうと見む梅が香の
  春ふく風におハれてそ行

    思案有面
3夕べとハ障子ひとへのへたてにて
  明れハさても長閑(のどか)なる春

    蔦唐丸
4青本の春ハ来にけりひとはけに
  霞むゐなたの山東より

    七草鳥人
5寝ころんで梅見る春のあしたかく
    気もゆるゆるとおきこたつかな

    刈穂庵丸
6のどかなる日をむだことにつかハしと
    気もあらたまる千金の春

    襠さゝ褄
7松かせもけさハしつかにふきぐみの
   歌さへミやうがあら玉の春

    鼈甲歯尊
8佐保姫のおなかもはるのむつきとて
    霞の帯をふたえ廻しつ


おき‐ごたつ(置火燵・置炬燵)やぐらの中に炉を入れ移動できるようにしたこたつ。

ふきぐみ 蕗組・菜蕗組・富貴組  箏曲の組歌の一。越殿楽。

むつき 睦月と襁褓


○年立つ 年が改まる。千重と知恵。
つく‐ばね(衝羽根)追羽根(おいばね)のはね。羽子。とんぼう(蜻蛉)「とんぼ」 
青本 赤本と黄表紙との中間に介在、黒本と前後して流行した草双紙。萌葱色の表紙を用いた。多く歌舞伎または浄瑠璃・歴史・伝記物の梗概を材料とし、五丁を一冊、数冊を一部とする中本形のもの。草双紙の総称に意も。
 蔦唐丸(つたのからすまる)は版元、
 山東京伝は戯作者で共に旧知の仲。

*蔦唐丸 蔦屋重三郎の狂名。(1750~1797)は江戸の版元(出版人)である。号耕書堂、薜羅館。蔦唐丸の筆名で狂歌,戯作の作もある。

 朋誠堂喜三二、山東京伝らの黄表紙・洒落本、喜多川歌麿や東洲斎写楽の浮世絵などの出版で知られる。


*山東 山東京伝のことか。京伝は江戸後期の戯作者・浮世絵師。初め北尾重政に浮世絵を学び北尾政演と号、のち作家となる。作は黄表紙「御存商売物」「江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)」「心学早染草」、読本「桜姫全伝曙草紙」「昔話 (むかしがたり)稲妻表紙」、洒落本「通言総籬(つうげんそうまがき)」など。(1761~1816) 寛政の改革により幕府の風紀取締りが厳しくなった。寛政3年(1791年)には山東京伝の洒落本・黄表紙が摘発され重三郎は過料、京伝は手鎖50日という処罰を受けた。(しかし京伝は寛政3年の手鎖のあとにも多くの黄表紙戯作を刊行している。)

いなだ 鰤(ぶり)の小さいもの。夏に多くとれる。出世魚。「いやだ」のもじり。いなだと云って烏賊ねえそうだ」嘉永元年。人心覗機関二丁。(江戸語の辞典)
(歌意)山の東の佐保姫が一刷毛に春をもたらしたように、青本の繁昌期を迎えた。
(裏意)手鎖の処分をされて霞んでいた山東(京伝)にも一気に青本の春が来た。



  (11)
    高砂浦風
1せハしなくまハる車のとしの坂
    こえてのろりとうしのはつ春

    紀軽人
2ましらなく甲斐の山家のせいほとて
   三本はかりもらふ毛牛房

    曼鬼武
3春来れハ色を十寸見(ますみ)かこゑまでも
   めでたくたてる松の内かな
 
   橘赤実
4さく梅の花ござしきてうくひすへ
   時分つかひをたてる春風

  紀持方
5嘉例にてくふ蕎麦きりも勘定も 
   のひてうれしき大晦日かな

      千箱金持
6花ころもはるの山辺に染あけて 
   はけやかすミをひきわたしけん

      磯鴨女
7さほひめのとし玉なれやそめあけて
    霞につつむ青柳の糸

      井中家居
8はる霞山のかたつミ袖頭巾
   目はかり見ゆる峯の桜木 

刷毛とはけ((関東から東北地方にかけて) 丘陵山地の片岸。ばっけ。

袖頭巾 おこそずきん」に同じ。かた‐ず・む(片ずむ) かたよる。一方へ傾く。 

ましらなく 猿(ましら)啼く。交じらなく。山家(やまが・さんか)山の中の家。山里。
(
歌意)猿が啼く甲斐の山里からお歳暮として毛牛蒡を三本ばかりもらった。
(裏意)甲斐山家の湯女はあいにく猿猴坊なのでお歳暮かわりに陰毛三本もらった。
 猿 猿は引っ掻く→湯女は浴客の垢を掻く→湯女の異名は猿。
 猿・猿猴・猿猴坊→尻が赤い→月経の隠語。
 湯女 江戸時代、市中の湯屋にいた遊女。風呂屋女。

十寸見 ますみ (真澄)まことによく澄んでいること。

花茣蓙(ござ)敷きて 




(12)
    紅葉秋人
1明て今朝はるのくるま井くミいれん
   千とせのつるべ萬代のかめ

     槙本太丸
2短尺にかくまて春の酔ごゝろ
   これそわが身の一升の徳

    透原よし酒
わかゑひすかすミのおくの首尾もよく
   つり出したる春の姫鯛

    山路赤土
4うつくしう文を好める梅かゝを
   かしくととめよ袖の春かせ

    坂上照貫
5高根から霞のふとし尾をひけハ 
    このめふき出し山笑なり

     五里霧丸
6三味線のそのさほ姫もけふといへハ 
   ねしめ静にひく霞かな

     萬佐羅壁也
7千金にうるやねつけの土圭(とけい)たに
   けさハ霞と春の立ける

     千代例
8若水をくむ井のもとのはつわらひ
   つるつるつるとすへる亀のこ
  

○山笑う 春の芽吹きはじめたはなやかな山の形容。笑う山。

音締め 三味線などの弦を巻き締めて適正な調子に合せること。また、その結果の美しく冴えた音色。

ねつけの土圭 (根付時計)懐中時計。袂時計。

つるつるすべると鶴。鶴と亀。亀の子流し井戸脇などに設ける片流れの流し。

車井(戸) 滑車の溝に綱をかけ、その両端に釣瓶をつけて、綱をたぐって水を汲む装置の井戸。「鶴は千年、亀は万年」を踏まえ、「釣瓶」を「鶴」に、「若水を汲み入れる甕」を「亀」にけた。

たんざく(短冊・短籍・短尺)一升の徳利と一生
の徳を掛ける。

若夷・若戎 江戸時代、京坂地方で元日の朝早く売って歩いた、夷神の像を刷った御札。門戸に貼ったり歳徳神(に供えたりして福を祈った。
(歌意)若夷(わかえびす)の御利益か、霞の奥も都合よく、姫鯛のような美しい女をうまく釣り出したこの初春。



(13)
   
 竹節見
1大黒のはつ子のけふの膳部にハ
   千代の小松や引ものにせん

   曽礼よしかね
2あまほしのかきねの竹にはるかけて
   しぶのぬけたる鴬のこゑ

   時行氣人真以
3明ぬれハ門に舞来る鶴太夫
    けふ徳わかのうらゝかな春

   繁昌有才仙
4君か代のじんぎ礼智ハ神国の
    ひたふる鈴やしめをはるの日
    
   振鷺亭
5のり入の年始のふミにいつハりの  
   かきそめならぬ傾城もあり

    海原沖風
6乗そめの舟にすだれをかすませて  
    見せぬミすしの糸の棹姫

    宇和空成
7文箱のふうおしきりて明ぬれは 
   あら玉つきのはるのことぶき

    手引節麿
8山と名のり川と名のりて立あへる 
   春や霞を引わけの空
 
偽り ○傾城に誠なし

み‐すじ(三筋)三味線の異称。三絃。三筋の糸と棹は縁語。棹姫と佐保姫


甘干しの柿と垣根の垣を掛ける。甘干し・柿・しぶは縁語。
○徳若に御万歳 いつも若々しく長寿を保つように、の意の祝い詞。

仁・義・礼・智の四つの徳。〔孟子〕注連縄を張ると春の日。



(14)
 
   花春人
1姉さまのお梅とともにいもとごも
   はやほころハす正月着物

    未為成
2せハしなく寝たる夕べにひきかへて
 今朝ハしつかに夜も明の春

    正木桂長清
3見わたせハねこする野辺のはつ子の日
   ゐたちに小松引てゆくなり

    根元道人
4山里ハ苗代河豚もなかりけり
   たゝ鉄砲の音ばかりして

   野辺広道
5梅の花じやけんちらす春雨を
   たとへは鬼か蛇のめからかさ

    平花庵雨什
6すミた川かいこきわたるうい年の
    御慶めでたくかすミこめ候
 
    膾田造
松の木の丸太のうしの春霞
    たてるや千代もくちぬ金藏

     鳴瀧音人
あしかきのまちかきミそのあなたより
    よこに這出る蟹の紅梅

    

じゃけん(邪慳・邪険)意地の悪いこと。鬼か蛇の目唐傘
鬼が住むか蛇(じや)が住むか。人の心の底にどんな考えがあるか、はかりかねることにいう。蛇の目傘と唐傘が類語。

隅田川櫂漕ぎ渡るうい年(初とし)の御慶目出度く霞み籠め候

7松の木 待つの気丸太 比丘尼(びくに)姿をした売春婦の俗称。
 うし(大人) ぬし。

葦垣の(枕)「ふる(旧)」「みだる」「ほか」「(間近し」「吉野」(地名)にかかる。

ねこする 根掘(根越)根のついたまま引き抜くこと。ネコ・子(ネズミ)・イタチと動物の名を詠みこむ。 いたち 鼬こっこ。

苗代河豚 赤目ふぐのこと。苗代時期になると獲れるので「苗代フグ」とも呼ぶ。産卵期に猛毒をもち眼が真っ赤になる。浅瀬や海草に卵を産む。河豚 ふぐ。異名として鉄砲ともいう。




 (15) 
   安土繁藤
1ぢやらされて尾をふり袖のうつり香ハ
   麝香猫にやあら玉のはる


     
播鉢植
2十八のまつハものかハ色まさる
   としまさかりの梅のかほハせ

    生田琴彦
3春来ぬとつけのくし屋の細工ほと
   きを引立るうくひすのこえ


     萬代数成
4やれ障子はるの霞のたてひきに
   男を飾る花の兄ぶん
    

    山崎山狸
5あらためて明れハかはる一陽の 
   としの手つまによい玉の春
  
    川井物集
6行としの雪に合羽を引ずりて
  大道つきの尻もちの音

     寶倉光
7金銀を手に持駒のいさましく
   勝てかふとをしめかさりなり

       軽石泡城
8猫もさかなひくや鼠のとしのくれ 
   おはるゝほどにさてもせハしき

一陽来復 陰がきわまって陽がかえってくること。冬が去り春が来ること。
てづま(手爪・手妻)手先。また、手先の仕事やわざ。

将棋の駒の金と銀。兜の緒を締めと注連飾りのしめが掛詞。

猫と魚。猫と鼠。終わるると追わるる。
 鼠のとし 文政11(1828年)は戊子でネズミ歳。




「あらむ」の「あら」と「あら玉のはる」の「あら」が掛詞。

かんばせ 顔・容 松の位 江戸時代、大夫職の遊女の異称。
つけのくし 柘植の櫛


やれ 破れと「やれ」障子貼る。春の霞のはるが掛詞。
 花の兄 (四季の花の中で他の花にさきがけて咲くからいう) 梅の雅称。梅。ここでは上の句の「霞のたてひき」から借金の「埋め」の意も。

たて‐ひき (立引・達引)
(1)義理や意気地を立てして張り合うこと。
(2)意地の張り合いからおこるもめごと喧嘩。
(3)主に遊女が客の遊興費などを立て替えること。



(16)

   今日茂遊人
 1たはかりて春へ通らんとしの関
  かけ取ともをたゝきたふして


   酒月米人
 2うす霞ひきそめてより白さけの
  さか屋にまかふ春のあハゆき


   烏亭焉馬
 3うなバらによれる鰯のかしらより
   光さしそふ初日の出かな


   銭屋金埒
 4ももしきやふるき軒端のしのふまて
   歯朶(しだ)
ゆすり葉とミゆるはつ春




掛取り 掛売りの代金を取り立てること。近世には、歳末だけ、あるいは歳末と盆との二度であった。謀りて春へ通らん年の関掛取りどもを叩倒ふして
本歌 ○ももしきやふるき軒端のしのぶにも
     なほあまりある昔なりけり [続後撰集]順徳院
(歌意)軒端のしのぶ草まで裏白やゆすり葉に見えてしまう初春であることよ。

正月飾り (しめ飾り、鏡餅)は年神を迎える祭りのための供えものであるが、しめ縄で作るしめ飾りは裏白、ユズリハなどが飾られる。裏白(シダ)は裏が白いことから「裏表がない」「清浄」という意味、「白髪になるまで」の長寿の意味、また、ゆずり葉は常緑の高木で新しい葉が出ると古い葉が落ちるところか
「家系が絶えずに続く」という意味で、ともに正月の縁起物。


           


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